旅をしない音楽家は不幸だ、とモーツァルトが言ったように、日常の喧騒から解放してくれる旅は、クリエーションにおいてもまたとない栄養になる。それは、海外でもその名を知られるファクトタム(FACTOTUM)のデザイナー、有働幸司がコレクション制作を前に欠かさず世界をさすらう事実からも明らかだ。
ーーブランド立ち上げ当初より旅をテーマにしてきたファクトタム。その狙いを教えていただけますか。
ラウンジリザード(LOUNGE LIZARD/友人とともに立ち上げたブランド)の頃は徒手空拳でリアルクローズを追求しました。自らの経験値が問われる点でやりがいのあるアプローチでしたが、改めて、旅とはモノづくりに深みを出してくれる行為だと思っています。街を歩けばありのままの文化に接することができ、それがそのまま新たな引き出しになりますから。
ーーどのように訪れる街を選ばれるのですか。
まずはコンセプトを決めます。好きな映画や小説、アーティスト、あるいは時代感など、それはその時々でさまざまです。で、そのコンセプトにふさわしいエリアを抽出します。
ーー滞在中はどのように過ごされるのでしょうか。
真っ先にジョギングをします。ナローなブリティッシュをベースにしている以上、作り手が太ることは許されないってところから始まっているんですが(笑)、街を肌で感じるのにいい。僕が目安としている10キロは、その街のだいたいの雰囲気がわかる距離なんです。あとはキーとなる人に会ったり、文献や歴史的建造物、史跡を渉猟したり…といった具合です。一回の滞在は短くて一週間、長いときは半月以上ですね。
ーー印象に残っている旅は?
映画『スウェーディッシュ・ラブ・ストーリー』のロイ・アンダーソン監督に会いにスウェーデンまで行ったことです(その作品は第20回ベルリン国際映画祭でインターフィルム賞など4つの賞を獲得した)。初めは断られたんですが、運良く新作ができあがったタイミングで機嫌が良かったんでしょう(笑)。粘ったらOKに。そして、なんと身内のみを集めた試写会に招かれたんです。
ーーそれは貴重な体験でしたね。
そこで僕はかねてから知りたかったひとつの質問をします。「『スウェーディッシュ・ラブ・ストーリー』にはライダース・ジャケットが出てくるが、あのモチーフは何か?」と。てっきりニューシネマあたりかと思ったら、イギリスの古き良き時代にインスパイアされたということでした。そのシーズンはルイスレザーに範をとったライダースを作りました。
-後編はアジアの国々を旅して感じたことや旅に目覚めたきっかけについて。
2/2に続く。