現在、伊勢丹と三越の主要店舗で展開されている「伊勢型紙」とデザイナーのコラボレーション。伊勢を産地とする歴史ある染色型紙の文様をデザイナーが復刻し、ファッションや生活用品のオリジナルアイテムを製作するという、古風かつモダンな企画として注目を集めている。
参加デザイナーの1人が、「コムサデモード」の創設デザイナーであり、現在「アルチザン」ブランドを率いるファイブフォックスの高瀬清子氏。当代一流のデザイナーは、どのような手法で日本の伝統美を現代によみがえらせたのか?
──高瀬さんがこの企画に参加された経緯について教えていただけますか?
伊勢丹さんからお話をいただいたのがきっかけです。伊勢丹さんが保有する約3,000枚の型紙のうち、江戸時代のものを中心に1,000枚ほどを見させていただきました。伊勢型紙のことは知っていましたが、深い知識があったわけではありません。私自身は「アルチザン」で和紙に柿渋を施したものでランチョンマットやコースターを作ったことがあるのですが、実際の伊勢型紙を目にした時は、その繊細さに驚きました。彫られている線はミリ単位以下。線が切れないよう、生糸で補強する工夫も施されている。それが何枚も重ねられている和紙の間に挟み込まれているのですから、気が遠くなるほど丁寧な仕事です。
──今回、高瀬さんはドレスとストレッチパンツを制作されました。使用した文様は伊勢丹収蔵のものから選ばれたのですか?
伊勢型紙は型紙を何枚も重ねて文様を作るので、型紙だけ見ても、そこからどのような商品ができるのか想像するのが難しい。そこで参考にしたのが、日本に数冊しかないと言われている「伊勢型絵摺」という刷り見本。この第2集が国会図書館にしかなく、私はそれを見るため何度も足を運びました。今回使用した3種類の文様は、この見本第2集に収録されていたものです。伊勢型紙は伊勢(現在の三重県)から全国に広まり、膨大な数の文様があると言われています。
──伊勢丹からの注文は「お正月にふさわしいデザイン」だったとか。これらの文様を選ばれた基準は?
代表的な伊勢型紙は江戸小紋が中心ですが、今回選んだ文様は、お正月という晴れの場に打ち出されるものでしたので、華のあるものを選びました。三つともタイプが異なりますが、一つめは墨色一色で水墨画のように濃淡を付けたもので、牡丹と菊の文様が描かれています。二つめは、白い桜をモチーフにした白描画のような文様。黒く描いたことにより、白の花びらを浮き出たせて見せるのが特徴です。この2種類の文様は、シルクドレスに採用しました。三つめの文様は、江戸小紋に使われるような幾何学模様。シンプルですが、これも数種類の型紙を組み合わせて作られた文様です。こちらはストレッチパンツのテキスタイルとして。いずれも“現代のファッションに乗せられるデザイン”という基準で選びました。
──刷り見本からどのような方法で文様を起こしたのでしょう。ちょっと不思議です。
図案の描き方にこだわりました。現代の技術で当時の品質に近いものができなければ、
復刻する意味はありませんからね。まずは見本からフリーハンドで文様を模写しました。
伊勢型紙の味は、彫刻刀でカットした絵際にあると感じ、筆で描いた線とは違う絵際のキレとぼかしの美しさにこだわりました。
──型染めの染色の中でも、伊勢型紙は難しい部類に入ると聞いたことがあります。
当然ですが、量産を前提にしたプリント技術は使えません。例えば、今回制作した微妙な濃淡のある文様。私自身が作業したわけではありませんが、色を定着させるタイミングがかなり難しいと聞きました。墨色のグラデーションを出すために、神経を集中させた手作業が必要だったのです。生地と会話しながら、頃合いを見計らって色を定着させる。
それにはかなり高いレベルの染色技術が求められます。おそらく昔の伊勢型紙も、染色の職人によって生地の仕上がりは微妙に違っていたでしょう。かつての日本にこれほど高度な文様や染色の技術があったことに驚くばかりです。
──制作されたドレスやパンツには、黒だけではなくカーキ色の商品もありますね。
グリーン系は今年の流行色。同じ文様でも、色が変わるとずいぶん印象が異なるでしょう? 墨色の場合は柄が生まれた大正時代の雰囲気ですが、カーキ色になるとどこかモダンなテイストになりますし、カジュアルな感じが出てきます。使う色によって印象が変わる点も、伊勢型紙の特徴かもしれません。
──いくつかの文様は、現代のテキスタイルデザインと言っても通用しそうです。
具象が表現の中心だった時代に、これほど文様的なデザインが創造されたことに驚かされます。今見ても全く古さを感じさせません。これほどのクリエーティビティーを持っていたのが特別な芸術家ではなく、生活必需品の生地を作る一般の職人だったことも、日本人の美意識の高さを証明していると言えるでしょう。
─今回の試みから、高瀬さんが得たものは何ですか?
江戸時代より、今日まで永遠と続いた日本の文様の世界に当時の日本人の美意識をうかがい知り、その素晴らしさに頭が下がる思いです。今回の試みで、私は伊勢型紙の世界の入り口に立つことができました。これからはこの文様をジャカードで表現するなど、新しいクリエーションにチャレンジしていきたい。その意味で、伊勢型紙は私に新しい課題を与えてくれたのです。
ファイブフォックスの高瀬清子氏は、現代の職人と手を組み、「伊勢型紙」の文様を現代のファッションへと昇華させた。制作のモチベーションとなったのは、江戸から明治、大正、昭和初期へと続く激動の時代を生き抜いた、伊勢型紙職人たちへのリスペクト。かつての日本人にあった美意識が、現代に生きるデザイナーのクリエーティビティーを刺激する。
【イベント情報】
日本の型紙。新春祭「伊勢型紙」
会期:2013年1月17日(木)まで
場所:伊勢丹新宿店本館4階=オーセンティックギャラリー プレシャスミックス