映画監督のペドロ・アルモドバル(Pedro Almodovar)は1951年9月24日生まれ。スペイン・カスティーリャ=ラ・マンチャ州。
8歳の時に寄宿学校に進学。67年に映画監督になる夢を抱いてマドリッドに移住するが、当時の独裁者フランコ政権によって、国立映画学校は閉鎖されてしまう。そのため、ペドロは職を転々としながら、独学で映画について学んだ。
75年にフランコ政権が崩壊すると、スペイン国内には反権威的な音楽や絵画、映像などによる一大ブームが巻き起こる。その中で、ペドロは雑誌に漫画を寄稿したり、パンクバンドに所属するなどマルチに活躍していたが、80年に長編映画『ペピ・ルシ・ボム・イ・オトラス・チカス・デル・モントン』で監督デビュー。以降は年に1作のペースで作品を発表し続け、88年公開の『神経衰弱ぎりぎりの女たち』でヴェネツィア国際映画祭脚本賞を受賞。この作品はアカデミー外国語映画賞にもノミネートされ、ペドロの名前は一躍世界に知られるようになった。
その後も、99年に『オール・アバウト・マイ・マザー』でアカデミー外国語映画賞を、02年には『トーク・トゥ・ハー』でアカデミー脚本賞を受賞し、ペドロはスペインを代表する映画監督の1人となる。その作品はホモセクシャリティやドラッグ、エイズなど時にタブー視されるような問題が取り上げられるが、独特の脚本とブラックユーモアに魅了される映画ファンは後を絶たない。
その作品は鮮やかな赤を基調とした、色彩豊かな映像が表現が特徴。その色彩感は、役者達がまとう衣装にも反映されており、とてもファッショナブル。09年公開の『抱擁のかけら』では主演のペネロペ・クルス(Penelope Cruz)が、真紅のドレスと「クリスチャン・ルブタン(Christian Louboutin)」のハイヒール姿で登場。情熱的なファッションでファンを魅力した。ファッションデザイナーのジャンポール・ゴルチエ(Jean Paul GAULTIER)はよく衣装デザインをしており、自身の寄宿舎での体験を元にした半自伝的作品『バッド・エデュケーション』ではガエル・ガルシア・ベルナルの女装衣装を、『キカ』『私が、生きる肌』では全面デザインしている。『トーク・トゥ・ハー』では病室にゴルチエのショッパーが出てくる。