自然が生み出した素材感に惹かれるという上原美智子さんは、超極細の絹糸を丁寧に織りあげる「あけずば織」で広く名を知られる作家。とんぼの羽のように薄く薄く織り上げられる「あけずば織」の創作を続ける中、上原さんの中にはある感覚が芽生えていったのだという。
「自分の指先の感触をたよりに、繭から糸を引き出すうちに、絹は本当に蚕の恵みだと感じるようになった」と上原さん。自分で1本1本糸口を探して生糸を引き出すうちに、「ひょっとしたらこの生糸を撚糸することなく、蚕から吐き出されたままの細さで織ることが出来るんじゃないか」という思いが沸き上がってきたのだという。日々、織る糸を繭から引き出して、その糸を植物で染め上げていく。この暮らしを続ける中で、自然が生み出した素材そのものと向き合う感覚が研ぎすまされていったのだろう。
そして、自然の豊かな恵みを抽出して染め出す植物染料を扱うたびに、何色と言葉では語りきれない深い色合いに感嘆するという。「柿色をなんと呼ぼうと考えてみると、雨に濡れた煉瓦の色だなとか、夕焼けの色だなとか、必ず自然の中にある情景に繋がります。色彩感覚も美意識も、すべて自然の中にある。自然と共感することで生まれてくるものなんだと感じる」と話してくれた。琉球舞踊の唄の中で、薄い衣をとんぼの羽にたとえたように、古に生きた人々も美しいものを自然の中にある美しいものごと重ねあわせていたことだろう。
上原さんは染織を「相手があっての仕事」と何度も口にしていた。「糸が持っている力に、どれだけ自分が共感して引き出すことが出来るか。人と自然の一種の共同作業だ」と。「自分が蚕を吐き出せるわけでもなければ、染料になる色合いを生み出すわけでもない。そう考えるとアートだなんだっていうものより、もっと素材の持っている力、つまり自然の持っている力に関わっていくのが自分の仕事だと思っています。“どれだけ美しいものを作れるか”ただそれだけ。」と優しく丁寧な口調で語る。
沖縄で生まれ育った感性や、コンセプトよりもまず素材感を引き出してゆく日本的な思想、はたまたこれまでの人生の中で触れてきたモダンアートや、クラシック音楽にモダンジャズ…。「ありとあらゆるものが一度“自分”というフィルターを通過して、私の場合“染織”という形で表現されていく。私という存在は、一種のろ過紙のようなものなんです」と続けた。
自然が持ちあわせている“美しさ”に愚直に向き合い続けることで、ゆっくりとベールを剥がすようにして行き着く“美しさ”を見いだす眼差しと、その“美しさ”を誰しもが見える形へと変えていく叡智を、この3gのストールを前に感じた。
【編集後記】
上原さんの工房を訪ねた時、ここが沖縄であることを一瞬忘れてしまうような感覚になった。ありとあらゆる国や土地、そして時代が同居しているような空間だったから。そこは、書籍、アート作品、音楽、そして家族に囲まれた空間で、静かで心地のよい気配が漂っていた。上原さんが美しいを思う琴線を鳴らすものを、暮らしの中で大切にされていること感じる佇まいだった。
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