昨年4月に27歳という若さで急逝した「タイガ タカハシ」(2023年AWより「T.T」に改名)のデザイナー、高橋大雅の残したヴィンテージコレクションが京都の「HOSOO GALLERY」で3月12日まで展示されている。
今回の展示はタイガ タカハシのフラッグシップショップである京都・祇園にある総合芸術空間「T.T」と、建仁寺塔頭両足院で昨年12月に行われた、高橋の現代美術作家としての初の個展「不在のなかの存在」と連動したもの。
「HOSOO GALLERY」では自身のブランドのプロトタイプとなった1910年〜60年代のアイテムを中心に展示されている。約150点に及ぶ欧米のワークウエアやミリタリーアイテムは、高橋が10代の頃から収集した2000点に及ぶアイテムの一部を同ギャラリーのキュレーターを通して分類。織物の観点から建築史を再考するプロジェクト「Texture from Textile」のVol.2として、20世紀に起きた服飾における美意識の変化を展示している。
一枚の反物を直線で裁断することにより無駄なく考えられた日本の着物と、資本主義の合理性から大量生産を背景に生み出された欧米のミリタリー、ワークウエア、そしてデニム。それぞれの“マインドの融合”をベースにコレクションを構築したデザイナーとしての高橋の思考を辿ったものだ。
「大雅さんとは何度かお会いしており、彼の”百年先に残っていくもの作り”という考え方が西陣織の機屋を出目とするテキスタイルメーカーである細尾と共通するものを感じました。特に経年変化していくものへの美を『応用考古学』という文脈で説明する彼が、ハイスピードのデジタル社会の中で消費していくイメージで語られる20代の世代から誕生してきたことに時代の変化を感じました」と細尾の細尾真孝社長。同ギャラリーが入る本社ビルは、真孝氏の実弟である建築家・細尾直久氏によって2019年9月にリニューアルされたもの。版築の積層、炭に漆喰を入れて左官職人の刷毛さばきを見せたファサード、金箔を3mmのラインで5階まで張り上げた箔打など、工芸建築と呼ばれる職人技巧の協業によって京都の町並みに新しい景色を与えている。
その工芸的な手法は高橋大雅の服作りにおいても同様だ。奄美大島の泥染やインディゴ染、岡山の旧式力織機によるデニム生地、和歌山の吊り編機によるスウェット、錆止めしていないリベットなどのアイテムに見ることができる。生産工程に時間を要し、年月を重ねることで風合いが変化していく“さび”の美意識は奇しくも細尾の本社ビルと同年同月、2021年9月にオープンした総合芸術空間「T.T」に凝縮されている。
「幼い頃に祖母に連れられて歌舞練場に『都踊り』を観に来ていた大雅は、この祇園南側のエリアが本当に好きでした」と高橋の親族は述懐する。歴史遺産の風致地区のなかで、大正時代に建てられたと思しき元お茶屋のこの空間は20代のデザイナーが一人でデザインしたとは思えない完成度を見せる。当初あった大黒柱を外すための認可など、そのこだわりからオープンは計画より5ヶ月遅れたという。
100年以上前の神社仏閣の欄間や古木を自身で選定し組み木で接合した内装が広がる店内には、イサムノグチを長年支えた石彫家・和泉正敏との共同制作による彫刻作品が配置されている。更に一枚のシームレスな布で空の光を演出した天井や、天井に埋め込まれた1mmのピンライト、2階の立礼茶室「然美(さび)」へ向かう庵治石の階段、その茶室にためにデザインされた桜製作所と共作による椅子など、細部の挑戦に驚かされる。
「過去の遺物を甦らせることで、未来の考古物を発掘する」というテーマは彼の死後、新たな形で協業されている。日本古来の大麻布を現代に蘇らせようと研究開発されてきたファブリックブランド「麻世妙-majotae」を細尾が協力。生前の高橋大雅にプロダクトのデザインを依頼。彼が監修したコラボレーションアイテムが大阪と東京の「阪急メンズ」で今年1月に行われたポップアップ「In The Presense of Absense 不在のなかの存在」において展示、受注販売が行われた。ヴィンテージが再評価される中で、リプロダクトではなくリファインさせる「応用考古学」は、ストリートカルチャーを概念化した日本のファションの進化したキーワードとなりそうだ。
高橋大雅
1995年生まれ。2010年ロンドン国際芸術高校に入学し、2013年セントラル・セント・マーチンズに進学。2015年ベルギーのアントワープやロンドンのメゾンでデザインアシスタントを経験。2017年同大学を卒業後、渡米。TaigaTakahashi.inc.をニューヨークで設立。2021年12月京都・祇園に高橋がデザインした服・建築・茶室・彫刻作品からなる「服・食・住」すべてを体験できる総合芸術空間「T.T」をオープン。2022年4月9日、27歳の若さで致死性不整脈により逝去。
文/野田達哉:ファッションヘッドライン初代編集長
*当記事は『月刊商店建築』2023年3月号(2月28日発売)に掲載されたものを一部加筆・修正、写真を追加したものです
今回の展示はタイガ タカハシのフラッグシップショップである京都・祇園にある総合芸術空間「T.T」と、建仁寺塔頭両足院で昨年12月に行われた、高橋の現代美術作家としての初の個展「不在のなかの存在」と連動したもの。
「HOSOO GALLERY」では自身のブランドのプロトタイプとなった1910年〜60年代のアイテムを中心に展示されている。約150点に及ぶ欧米のワークウエアやミリタリーアイテムは、高橋が10代の頃から収集した2000点に及ぶアイテムの一部を同ギャラリーのキュレーターを通して分類。織物の観点から建築史を再考するプロジェクト「Texture from Textile」のVol.2として、20世紀に起きた服飾における美意識の変化を展示している。
一枚の反物を直線で裁断することにより無駄なく考えられた日本の着物と、資本主義の合理性から大量生産を背景に生み出された欧米のミリタリー、ワークウエア、そしてデニム。それぞれの“マインドの融合”をベースにコレクションを構築したデザイナーとしての高橋の思考を辿ったものだ。
リプロダクトではなく リファイン(洗練)させる
「大雅さんとは何度かお会いしており、彼の”百年先に残っていくもの作り”という考え方が西陣織の機屋を出目とするテキスタイルメーカーである細尾と共通するものを感じました。特に経年変化していくものへの美を『応用考古学』という文脈で説明する彼が、ハイスピードのデジタル社会の中で消費していくイメージで語られる20代の世代から誕生してきたことに時代の変化を感じました」と細尾の細尾真孝社長。同ギャラリーが入る本社ビルは、真孝氏の実弟である建築家・細尾直久氏によって2019年9月にリニューアルされたもの。版築の積層、炭に漆喰を入れて左官職人の刷毛さばきを見せたファサード、金箔を3mmのラインで5階まで張り上げた箔打など、工芸建築と呼ばれる職人技巧の協業によって京都の町並みに新しい景色を与えている。
その工芸的な手法は高橋大雅の服作りにおいても同様だ。奄美大島の泥染やインディゴ染、岡山の旧式力織機によるデニム生地、和歌山の吊り編機によるスウェット、錆止めしていないリベットなどのアイテムに見ることができる。生産工程に時間を要し、年月を重ねることで風合いが変化していく“さび”の美意識は奇しくも細尾の本社ビルと同年同月、2021年9月にオープンした総合芸術空間「T.T」に凝縮されている。
「幼い頃に祖母に連れられて歌舞練場に『都踊り』を観に来ていた大雅は、この祇園南側のエリアが本当に好きでした」と高橋の親族は述懐する。歴史遺産の風致地区のなかで、大正時代に建てられたと思しき元お茶屋のこの空間は20代のデザイナーが一人でデザインしたとは思えない完成度を見せる。当初あった大黒柱を外すための認可など、そのこだわりからオープンは計画より5ヶ月遅れたという。
100年以上前の神社仏閣の欄間や古木を自身で選定し組み木で接合した内装が広がる店内には、イサムノグチを長年支えた石彫家・和泉正敏との共同制作による彫刻作品が配置されている。更に一枚のシームレスな布で空の光を演出した天井や、天井に埋め込まれた1mmのピンライト、2階の立礼茶室「然美(さび)」へ向かう庵治石の階段、その茶室にためにデザインされた桜製作所と共作による椅子など、細部の挑戦に驚かされる。
「過去の遺物を甦らせることで、未来の考古物を発掘する」というテーマは彼の死後、新たな形で協業されている。日本古来の大麻布を現代に蘇らせようと研究開発されてきたファブリックブランド「麻世妙-majotae」を細尾が協力。生前の高橋大雅にプロダクトのデザインを依頼。彼が監修したコラボレーションアイテムが大阪と東京の「阪急メンズ」で今年1月に行われたポップアップ「In The Presense of Absense 不在のなかの存在」において展示、受注販売が行われた。ヴィンテージが再評価される中で、リプロダクトではなくリファインさせる「応用考古学」は、ストリートカルチャーを概念化した日本のファションの進化したキーワードとなりそうだ。
開催概要
Texture from Textile Vol.2 時間の衣 - 髙橋大雅ヴィンテージ・コレクション
期間:2022年12月3日(土)~2023年3月12日(日)
開館時間:午前10時30分から午後6時まで(祝日を除く、入場は閉館の15分前まで)
場所:HOSOO GALLERY 京都市中京区柿本町412
入場料:無料
Texture from Textile Vol.2 時間の衣 - 髙橋大雅ヴィンテージ・コレクション
期間:2022年12月3日(土)~2023年3月12日(日)
開館時間:午前10時30分から午後6時まで(祝日を除く、入場は閉館の15分前まで)
場所:HOSOO GALLERY 京都市中京区柿本町412
入場料:無料
高橋大雅
1995年生まれ。2010年ロンドン国際芸術高校に入学し、2013年セントラル・セント・マーチンズに進学。2015年ベルギーのアントワープやロンドンのメゾンでデザインアシスタントを経験。2017年同大学を卒業後、渡米。TaigaTakahashi.inc.をニューヨークで設立。2021年12月京都・祇園に高橋がデザインした服・建築・茶室・彫刻作品からなる「服・食・住」すべてを体験できる総合芸術空間「T.T」をオープン。2022年4月9日、27歳の若さで致死性不整脈により逝去。
文/野田達哉:ファッションヘッドライン初代編集長
*当記事は『月刊商店建築』2023年3月号(2月28日発売)に掲載されたものを一部加筆・修正、写真を追加したものです