俳優・高良健吾が30代目前で向き合った宿題ーー役から「逃げなくなった」【INTERVIEW】

2015.06.25

小学校教師の青年を中心に、彼が受け持つ4年2組の児童たち、近隣で独り暮らしをする老女、つらい過去にとらわれて幼いわが娘に手をあげてしまう母親を描く群像劇『きみはいい子』。昨年、『そこのみにて光輝く』で邦画界を席巻した呉美保監督の最新作で、高良健吾は仕事にまじめに取り組むものの、まだどこか頼りない新米の教師・岡野を演じている。

現在、放映中のNHK大河ドラマ「燃ゆ」の高杉晋作を始め、これまで様々な役を演じてきた高良さんだが、教師役はこれが初めて。
「撮影前の方が不安で、いろいろ考え過ぎてました。“子供たちはすごい”とよく聞くじゃないですか。当にそうだと思うんです。そういう子たちが目の前に児童として何十人もいるということに不安があった。自分がちゃんと向き合えるのかと。でも撮影に入ったら、子どもたちが『先生、先生』と言ってくれて、新米教師にしてくれた感じです。そんなところは岡野の置かれた環境とも重ねています」。

出演しているほぼ全員が北海道に暮らす子供たちだ。
「僕のクラスは、東京から来ていたのは1人だけかな。ロケ地だった小樽の学校に通う子たちもいるし、もっと遠くから通ってきてくれた子もいました。一般の子もかなりいましたね」。

演技経験の有無に関わらず、40人近い子供たちを前にすると「それだけで大変です。エネルギーがすごくて」と笑う。「でも、それでいいと思うんです。それが当たり前だし、僕たちも同じ道を通ってきた。だから楽しかった」。子供たちについて語る時の表情は優しく、幸せそうだ。

クラス内のいじめ、親からの抗議など、次々と降りかかる問題に正面から向き合え切れずにいる岡野。多様な境遇の子供たちとどう接するか、悩みながら進んでいく彼はある日、児童たちに宿題を出す。その課題が何かは映画館で確かめてもらうとして、翌日、宿題を実行した感想を子供たちが話す場面はこの作品のハイライトの1つだ。
「呉さんが前日に『高良君、今日は本当に宿題出して』と。『明日、それを聞いていくのを一発で撮っていくから』と言われて、その通りにみんなに宿題を出して、次の日の朝イチに撮ったのがあのシーンでした」。

子供たちの言葉、表情は真に迫っている…というか、まさに本物。照れ隠しなのか、選ぶ言葉と表情が裏腹だったり、シンプルながら心に刺さる表現が飛び出したり。
「本当に尋ねていったから、子供たちの反応はリアルです。ああいうやり方でないと引き出せなかったと思います。子供たちにカッコつけさせないというか。書かれたセリフでは決して出て来ない言葉です」。

ここは、高良さんの聞く力が発揮されたシーンでもある。今まで何度か取材をしているが、彼はそのたびに「相手を聞くことを心がけている」と演技について語っていた。教室でも彼は岡野として、相手を聞いて、見て、反応する。
「聞くのは大切。たぶん、見るより」と彼は言う。「実は呉さんにレールを敷かれてたのかと完成作を観て、そうすごく感じていました。何気なく言われたひと言に『ああ、そうですよね』と言ってやったことが、映像で観るとすごく効果的になってる。撮影の中盤ぐらいかな。『岡野もこれからどうなっていくか、分かんないですよね』と僕が言ったら、『いや、これからも壁にぶち当たりますけど、岡野は大丈夫なんですよ』と何気なく言っていたようなことがすごい効くんです。呉さんの“それ”を拾うか、何か思うかということでもあるとは思うんです」。

優柔不断な岡野が、教師として一歩踏み出そうとするきっかけになるのは、放課後や休日も校庭の隅に1人でいる児童・神田。演じる浅川蓮は、東京から参加したプロの子役だ。
「あの子はリハーサルの時からすごかった」と高良さんは振り返る。「普段は子供として接してました。だけれど、演じるときは『君は東京から来てて、これだけ面白い役もらっているんだから』と、期待をするというか、先生役をしてるからこそかもしれませんが、他の子よりは厳しく、というか特別に接したところはありました。彼はこれからも役者をしたいって言ってたから」。

少し前までは、撮影現場で最年少ということも多かった高良さんが、年若い後輩を思いやるようになっていた。
「役が変わってきたのもあると思うんです。以前とは全然違う役がもらえるようになってきた」。そして「僕が30になったら、もっと変わるんですよね、たぶん」と言う。「その時に、今の感じのままやっていたら、30代になったときにできない役が多過ぎる。それは嫌なんです。だから、30歳になる前に片付けておきたい宿題が自分の中にいくつもあって、それを今やってるという感じです」。

やっぱり変わった。彼は変わった。以前は「役者を続けていきたいのか、分からない」と何度も言っていたのだ。
「あの頃は本当にそう思ってたから。でも、なんだろう。逃げなくなったんですよね、きっと。前はどこかアマチュア気分だったんです。自分なんて、と卑屈になってた。それがなくなったんだと思う。反省とか後悔は自分にパワーをくれるけど、卑屈はダメージだけで何もない。そう思ったんです」。

伝えたい言葉を丹念に探しながら話すところは今も変わらない。だが、語る口調が違う。悩みながら一つ一つ得た確信がにじむ、健やかな自信を感じさせる。

撮影は昨年、1カ月ほどかけて北海道の小樽で行われた。
「行きっぱなしで、東京にも帰らずでした。今回は僕にとって初のパターンで、昼の撮影が多かった。夜はほぼ無しでした。学校のシーンがほとんどだったので。なので、夜は小樽を楽しみました」と笑顔で語る。その楽しみ方は、「とにかく寿司ばっかり食べてました。全然違います。これだけいいネタをこれだけ食べて、この値段って(笑)」。

そんな風に楽しむ余裕が出てきたのも、大きな変化だ。「役のおかげだと思います。出られると思えたんです」。小樽の街を歩いていると、声をかけられる。「もう撮影しているのをみんな知っていたから『頑張ってね』とか。それが面白かったです」。

今回に限らず地方ロケに行ったときは、時間を見つけて走るようにしているそう。地理を知るためというより、「知らない道を走るのが好きなんです。あと、体を動かすときにしか考えられないことってありますよね。ニュートラルになる時間を作ってるのかもしれない」。他者を無下に拒絶せず、それでも自分だけの時間を大切にすることも忘れない。彼らしさを失くさない生き方だ。

メディアに登場するときもプライベートでも、いつもオシャレな着こなしが注目される高良さん。「服は好きです。昔から。趣味かもしれない」と自ら認めるが、仕事に着て行くのは「ジャージが多いです」。現場には役に合わせた衣裳が用意されている。「だから、動きやすさで選んでます。脱ぎやすいとか。現場に行く時だけは、あまりオシャレはしないかもしれないです(笑)」。

最後に、映画のキャッチコピーのひとつ「抱きしめられたい、子供だって、大人だって」について、どう思うか尋ねてみた。
「こういうのもあるだろうし」と実際に何かを抱きしめる仕草をしてみせ、「ここもあるだろうし」と胸を軽く叩いてみせて、「本当に抱きしめられて、肌と肌でしか感じられないこともあるじゃないですか。それがこの映画の中ではたくさん描かれてる」と言う。「自分を思うと、実際はそんなに抱きしめられた記憶はないんです。でも、それ以上のことをもらっていたという実感はある。だから、この場合の“抱きしめる”ということは向き合うということだと思っています」。

1つの町で3つの物語がゆるやかに繋がり、誰かに愛された記憶の大切さを描く作品だ。「いろんな人がいて。1人じゃなかった。繋がってた。完成作を観て、ゾワッとしました」。劇中で、岡野の姉で幼い息子を育てている薫は、悩む弟に向かって「子供を可愛がれば、世界が平和になるわけ」と明るく言う。高良さんは「僕はあのセリフを綺麗事じゃなくしたい」と語る。「綺麗事だという意見も分かるような、分からないような気もするけど、実践していった方がいいに決まってるから。言葉として、映像として響くものであってほしいと思う。そうだと信じているし、綺麗事じゃなく、僕は本当にそう思いたい」。

彼の言葉には、慈しまれ、愛情深い人に育ったからこその説得力がある。
text:Yuki Tominaga/photo:Naoko Suzuki
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