モノが有り余る時代に生きる私達。本当に欲しいと思えるモノに出合えているだろうか。
「これこそは」と呼べるモノ=THEを生み出していくこと、あらゆるプロダクトのスタンダードを更新し、定番の基準値を引き上げていくことを目指す「THE」の取組みについて、中心メンバーである4人に話を聞きました。
クリエイティブディレクター good design company 代表/水野学。株式会社中川政七商店 代表取締役社長 十三代/中川淳。プロダクトデザイナー PRODUCT DESIGN CENTER代表/鈴木啓太。そして、THE株式会社 代表取締役社長/米津雄介。2011年、「THE」は市場に対するある問いからスタートしたといいます。
■強すぎる差別化が引き起こした「市場のドーナツ化」
――「これこそは」と呼べるもの=THEを始めた理由とは
水野:70年代までは、ものづくりもテクノロジーが優先されていました。80年代以降は、テクノロジーがある一定水準を満たすようになり、そこで「差別化」という言葉に重きが置かれるようになりました。それが、2000年代になって、なお一層求められ、2010年代になると消費者が買うものがなくなってしまった。つまり、差別化の結果、消費者が本当に欲しいものがなくなってしまったんです。
鈴木:確かに、プロダクトデザイナーとしてプロジェクトに関わる時も、企業からのオファーで「差別化」を求められることもあります。差別化が必ずしも良いものを生む訳ではないんです。差別化を求めると自分たちが本当に欲しいものから離れていくこともあります。
水野:時を同じくして、NYでは“ノームコア”という流れが生まれました。文化レベルが同じであれば、世界中で同じような風潮が起きる。これが2010年代なんですよね。差別化を求め続けた結果、本当に欲しいものが市場になくなってしまっているこの状態を、僕は「市場のドーナツ化」と呼んでいます。このドーナツの穴の部分を、如何に消費者に食べてもらうかを考えて誕生したのが「THE」なんです。
■いいモノは、ちゃんと伝えていかなくてはいけない
中川:僕は、水野さんと(鈴木)啓太さんが準備を進めていた「THE」に途中から呼んでもらって参画しました。この話を聞いたとき2人と一緒に「THE」を作っていくことにすごく意味があると感じたんです。というのは、デザイナーがどれだけ素晴らしいものを作っても、その製品の魅力や背景の物語を、ちゃんとお客さんに届けないと続いていかないんです。そのためにするべきことの一番は、直接コミュニケーションをすることだと思います。だから、「THE」を始める時にも「まず、お店を持ちましょう」という話をしました。まだブランドを始めたばかりで、アイテムも2つか3つしかなかったのに、東京駅横にある商業施設「KITTE」にお店を作ることを提案しました。
鈴木:早い段階でお店を持ったのは正解だったと思っています。自分達やスタッフがお客さまと直接コミュニケーションをする。これしかないっていうくらい、大切なことだと思います。お店は、人を介してお客さまにメッセージを伝えていく場ですね。
■立つ歯ブラシが生まれた理由
――これぞTHEというアイテムを作るときに気を付けていることはありますか
鈴木:「THE TOOTH BRUSH by MISOKA」の例が分かり易いかもしれないですね。まず「歯ブラシとは何か」という問いからスタートします。歯ブラシの機能として、歯を磨くことという以外にも、乾かすという機能も求められている。みんな歯ブラシを乾かすために、歯ブラシスタンドに立てたりコップに立てたりしていますよね。これが証明していることは、歯ブラシをみんな立たせて乾かしたい。でも、これまれの歯ブラシは立っていない。じゃあ、歯ブラシには「立つ」という機能も求められるのではないか…という考えに至る訳です。必要な機能なはずなのに、市場にある商品では実現できていないことを実現させる。これが「THE」的モノ作りの手法の一つです。
水野:僕は、鈴木啓太が作るものは「エモーショナル」と言われるものを「機能」に落とし込んでいるのが特徴的だと思っています。機能や背景をすごく優先させてデザインする人だなと。「THE」では、デザインの前に“THE”を構成する要素を研究している訳なんです。
――“THE”の開発における5つの基準(形状・歴史・機能・素材・適価)の中に「歴史」がありますが、なぜ歴史なのでしょうか
鈴木:歴史的観点というのはすごく考えていますね。歴史の中に“THE”を探しにいっているという感覚もあります。
中川:ここで言う歴史というのは、古くからあればいいという訳ではないんですよね。消せるボールペン「フリクション」とかも、ボールペンの機能の未来を変えた“THE”日用使いのペンだと思いますし。確かに、時代の淘汰を経て残ってきたモノというのは、信用に至るものだと思います。でもそれが必ずしも“THE”になるマスト条件ではないと考えています。
2/2に続く。