古来より、花はその美しさで人を魅了し、時に惑わし、時に脅威の感情さえ与えてきた。すなわち、もしもこの世に花が存在しなかったとしたら、人はいつだって正気でいられたかもしれないということだ。
仮にそのパラレルワールドがあるとして、その世界はどのような発展を遂げただろうか?
この禅問答に対し、「花のない世界では人類は滅びたと思う」と回答したのは、ウルトラテクノロジスト集団チームラボ代表の猪子寿之氏。その言葉の背景に隠された真意に迫ってみた。
――花の魅力って何だと思いますか?
花は生命の山河である一方、散る瞬間には死の美しさを呈している。あと、共生の象徴でもあるということ。植物は海から陸に上がって進化を遂げていく過程で、太陽の光や地中の栄養をよりたくさん摂取するために、より高くより深く形を変えていくんだけど、一方で突然、花や実をつけ始めるのね。植物に花が咲くと、蜜を吸いに来た虫や鳥が花粉を運んで、より広い範囲へと繁殖していくことになる。虫や鳥に選ばれるために、植物はより目立つ花を咲かせ、より栄養の高い実をつけるんだよね。
花とか実っていうのは他者の食べ物になるくらいだから、エネルギーの塊なわけ。その生成にエネルギーを使うってことは、その分、自分のエネルギーが減っちゃうでしょ?そうすると自ずと、これまで重視してた“高さ”は諦めないといけなくなる。つまり、他者に勝つという戦略を手離し、選ばれるために進化したとも言えるわけ。
――通常の進化とは異なる方法を採ったんですね。ではなぜ花は人をも魅了するのでしょうか?
不思議だよね、なぜ人は花が好きなんだろう?といつも考えている。例えば植物が高さを競って、コケからシダ植物へ、シダ植物から裸子植物へと進化したというような分かりやすい過程が無いから。だって食べ物にも衣類にも、住居の素材にもならない、人にとって何の役にも立たないじゃん。でも、そういう無用な花を人間は愛してしまったんだよね。だから人は自然の中に神を見出すようになったんだと思う。
――あまり建設的では無いですね……。
合理的に考えれば、何の役にも立たない花なんて伐採したほうが良かったんだけど、「そこに神様がいる!」となるとそういうわけにもいかず、結果的に自然を守ることになった。もちろん、現代の科学を持ってしたら、自然を守ることは非常に合理的で、木々の伐採なんか続けたら、その仕打ちが自分達に返ってくるっていうのは分かるんだけど、当時の知からしたら理解を越えているよね。
でもその結果として、人は滅びずに済んだ。つまり、ミツバチと花の関係性とは全く違えど、人間も花と共生してきたということ。無駄なものを美しいと思っちゃったことで、花と文化的共生関係を結んだとも言える。もしその共生関係を結んでなかったから、人類は滅んでいた可能性だってあると思う。
後編に続く。