――なるほど。逆に喜びを感じた瞬間はありますか?
フランス人は服を知り尽くしている民族です。20代からオーダーメイドの服しか着ていない人もいて、そういった人は今までのオーダー数が1,000着を越えていたりもします。そんな審美眼の高い人達に認めてもらえるのが嬉しいですね。
また日本だと自分の取り巻く環境、例えば雑誌に紹介記事が載っていたり、有名メゾンで働いていたという経歴が必要なところがありますが、こっちだとそれは関係なく、アジア人だろうが外国人だろうが、作ったものが良いから注文すると言ってもらえることがあります。それがやりがいにつながりますね。
例えば顧客で、1年に45着注文してくれる人がいます。年間50着程度の製作が限界ですので、徐々に仕上げてくれればいいと言われていますが。彼はミラノ、ローマ、サヴィルロー、香港、日本など世界中で服をオーダーしている人です。その中でも一番私の服が良いと言ってくれるのは嬉しいですね。
――NHKの番組では顧客としてトマ・ロンタル氏(ファッション誌『Numero』でアーティスティックディレクターとして長年活躍し、現在はクリスチャン・ディオールやプラダなど、様々なハイブランドのキャンペーン広告を手掛けている)が出ていましたね。
ファッションの中心にいる男性は、実はプレタポルテを買わない人が多いと思います。彼もその1人で、自分の顧客の中では特別な存在です。普通、1着が出来上がって気に入ったらまた頼む、というケースがほとんどですが、彼は違いました。3着いっぺんに頼んで様子を見る方法をとったのです。
1着目は私が好きなように作っていいと言われました。2着目はアメリカの50年代風にして欲しいと頼まれ、3着目では、彼が一番好きなブリティッシュスタイルにするように言われ、30分ほど話し合って製作して納めました。4着目のオーダーの時に、3着目の感想を聞いたら、
「イタリアやイギリスのテーラーではなく、あなたに注文し続けたい。たまたま気に入ったテーラーが日本人だっただけ。自分よりも若いし、まだまだ作ってもらえるからね」と言ってくれました。
こんな風に、フランス人はオーダーの文化に慣れています。時間を掛け、待つという忍耐があるのです。1・2着目に細かい注文をしなかったのは、作る人に対しておこがましいと考え、うるさいことを言わないのがルールだと思っている部分があるようです。人間関係を築きながら、自分の趣味を分かってもらいながら作ってもらうのが良いと思っているんでしょうね。でも、トマさんはとりわけ細かい人で、襟の大きさの2mmの違いにダメ出しされたことがありました。
3/3に続く。