写真家のアニー・リーボヴィッツ(Annie Leibovitz)は1949年10月2日生まれ。アメリカ合衆国・コネチカット州出身。
子供の頃は空軍に所属する父に連れられ、アメリカ中を転々とする日々を過ごす。サンフランシスコ・アート・インスティチュートでは絵画を学んでいたが、作業研究のために訪れたイスラエルで反戦運動の様子を撮影。この写真が『ローリングストーン』誌に掲載されたのをきっかけに写真家としての活動を開始する。すると、70年にはニューヨークでジョン・レノン(John Lennon)を撮影する機会に恵まれ、その写真は『ローリングストーン』誌で表紙を飾った。
その後も『ローリングストーン』誌で作品を発表していた彼女は、73年に同誌のチーフフォトグラファーに就任。75年にロックバンド「ザ・ローリング・ストーンズ」のツアー撮影を手掛けると、彼女の名前は一躍世界に知られるようになる。80年にはジョン・レノンとオノ・ヨーコが裸で抱き合う様子を撮影。すると、その直後にジョンは自宅前でファンに暗殺されてしまう。この写真は『ローリングストーン』誌の表紙に掲載され、アメリカ雑誌編集者協会から最優秀表紙写真に選ばれた。
80年代に入るとリーボヴィッツは、よりコンセプチュアルな写真を撮るようになる。中でも有名なのが女優のローレン・ハットン(Lauren Hutton)によるヌード写真だ。この作品でリーボヴィッツは彼女を泥の中に沈め、その様子を俯瞰で撮影。伝説的なポートレートを生み出している。やがて、『ヴァニティ・フェア』誌に移籍すると、91年には当時妊娠していた女優のデミ・ムーア(Demi Moore)のヌード写真を撮影して話題となった。
98年には『ヴォーグ』誌に移籍し、以降はファッションフォトグラファーとしても活躍するようになる。14年にも「プラダ(PRADA)」や「モンクレール(MONCLER)」などで、広告ビジュアルを手掛けた。また、同年には巨大写真集『SUMO BOOK』から、彼女の作品をまとめた写真集が発売され、“世界一大きな写真集”としてギネスに認定されている。
私生活では89年にエッセイストのスーザン・ソンタグ(Susan Sontag)と交際をスタート。3人の子供を儲けたが、04年に彼女は死亡している。