10月31日はヘルムート・ニュートンの誕生日です

2014.10.31

写真家のヘルムート・ニュートン(Helmut Newton)は1920年10月31日生まれ。ドイツベルリン出身。

裕福なユダヤ系の一家に生まれたヘルムートは、12歳の時にカメラを購入。写真家を目指すようになると、ファッションカメラマンのエルゼ・ジーモンのアシスタントとして、自身のキャリアをスタートさせる。やがて、ドイツでユダヤ人排斥運動が起こると、国外へと亡命し、40年にオーストラリアで市民権を獲得した。

終戦後にフリーカメラマンとして活動するようになりと、その仕事が雑誌『ヴォーグ』に認められ、61年にはパリに移住。フランス版『ヴォーグ』を始め、『プレイボーイ(PLAYBOY)』『マリ・クレール(marie claire)』など様々な雑誌で作品を発表していく。しかし、71年に心臓発作を起こすと、これを転機に彼の作風は一変した。まるで、自身のストレスを開放するように、エロティシズムでポルノ的な作品を次々と発表。タブー視されていたコールガールや男装なども積極的に取り入れ、業界に大きな衝撃を与えた。その中には、セレブリティ女優のポートレートも数多く含まれ、76年にはその集大成となる処女写真集『ホワイト・ウィミン(White Women)』を発表。業界における彼の存在を確かなものとしている。

その後も、93年には石田えりのヘアヌード写真集『罪』を撮影。晩年になっても精力的に活動を続けていたが、04年に交通事故のため死亡。当時83歳だった。
HEW
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