12月上旬、写真家ソール・ライターから学ぶ人生のエッセンスが詰まったインタビュードキュメンタリー映画が公開される。
ニューヨーク ロウアー・イースト・サイド、1952年からこの土地に住み、写真を撮り続けたソール・ライターは、40年代後半からカラー写真に取り組んだ先駆者の一人。1953年には、ニューヨーク近代美術館の新進作家展「Always the Young Stranger」に選ばれ、その後「ハーパーズ バザー」や「ヴォーグ」など有名ファッション誌の表紙を飾る。しかし、写真に芸術性よりも商業性が強く求められはじめた80年代、表舞台から姿を消した。
ところが2006年ドイツ シュタイデル社から、それまで封印されていた個人的な写真などをまとめた初の作品集『Early Color』が出版されると、80歳を超えた“巨匠の再発見”と世界に熱狂的に迎えられ、多くの国で回顧展や出版が続いた。ストリートで発生する何気ないシーンを切り取った写真の数々は、街に佇む空気をそのまま取り込んだような奥行きがあり、その光と色、構成に独特の個性を発揮している。
映画は、彼の住居兼アトリエでのインタビューではじまり、彼の日常の時間の流れとともに進行していく。物に溢れた部屋でチェックのシャツにチェックのマフラーを無造作に合わせ、少し皮肉めいたことを真顔で言うソール・ライター。偏屈で頑固なのか、と思わせるが、その後、間を置いて見せる笑顔でその印象は何度も煙に巻かれてしまった。
「有名人を撮るより、雨に濡れた窓を撮るほうが私には興味深いんだ」という発言どおり、時折彼が街に出て撮影するのは、そこに偶然通りかかった人や子供や猫や鳥、風景など誰もが選ぶことができる被写体だ。高齢で動きがゆったりしているがゆえに、ときにシャッターチャンスを逃す姿はユーモラスで、世界の“巨匠”が写真を撮る姿が、あたたかく、その風景自体に溶け込むように自然なことに気付き、驚かされる。
助手とともに片付けようとしても、片付かないアトリエ。そこにある膨大なフィルムや妻の品を発見しては手にとり、独り言のように思い出を語る。そして物に溢れたままの部屋を去りながら「人生で大切なことは、何を手に入れるかじゃない。何を捨てるかということだ」と語り、また笑ってみせるソール・ライター。写真界の巨匠から、というより猫背のおじいさんから、ぽつぽつと発せられるじんわりと心に響く人生観に出会える感覚こそ、ソール・ライターという人、そしてこの映画が持つ魅力だろう。
テクノロジーの発展で、写真がとても身近になった現代、ソール・ライターの作品が人々の心に強く響くのはなぜか。その人生が映画という媒体をとおして優しく私たちに語りかける。
『写真家ソール・ライター 急がない人生で見つけた13のこと』の上映開始は12月上旬を予定。会場はシアター・イメージフォーラムほか全国劇場にて順次公開。