J:Macなんですか?
H:そう。そうかぁ、もうOS9時代の頃のことってみんな知らないんだよね。今、アップルファンで銀座の店舗とかに並ぶ子達って、Macのデスクトップとか知らないでしょ。(笑)もっと、ルーツを知れば面白いんだけどね。
J:ハジメさんは最初に使ったMacはどの機種だったんですか?
H:512KというMacintosh Plusの前の機種。1984年、大昔だよね。ジョニオとかにすればルーツにヴィヴィアン・ウエストウッドなどがルーティンであるのかもしれないけれど、僕はデザインからいうとパーソナルコンピューター(以下PC)で最初にデザインしたということがルーティンになっている。今では音楽もデザインもPCでやるのは当たり前なんだけど、始めた頃は「PCでデザインしたものです」「Macintoshというコンピューターです」とイチイチ言わなきゃならない。それでも「CGですね」とか言われて、「いやいやCGはワークステーションやミニコンでやるやつで、僕がやっているのはPC。そのPCでグラフィックデザインをしています」と言い訳をしなきゃならなかった(笑)。今回の作品のタイトルになっているMonacoはまだMacのモニターがモノクロでビットマップだった時代に入っていたフォントで、ジュネーブだとかロンドンとかと一緒に入っていたフォント。
J:フォント名が都市の名前だったんですか?
H:そう。それが(OSが)漢字TALKになってTOKYOとOSAKAが入って13書体になったんだけど。スーザン・ケア(Susan Kare)っていう初期のMacintoshの花形デザイナーがビットマップのフォントからゴミ箱のアイコンからスタートアップの画面も1人でデザインしていた。
J:すごい人ですね。
H:カリスマだよね。だからカリスマすぎてOS9時代のビットマップフォントもアイコンもOS10に一切移植されなかった。スティーブ・ジョブズ(Steven Paul "Steve" Jobs)やウォズニヤック(Stephen Gary Wozniak)が、スーザン・ケアは殿堂入りってことで、シールドされちゃった。僕より若い人だけど、今何をやっているのかも知らない。
J:僕にとってヴィヴィアン自体は、もちろんパンクやその周辺に関して大きく影響を受けてはいるんですけど、ヴィヴィアンに至る前に「ヒステリックグラマー(HYSTERIC GLAMOUR)」のノブ(北村信彦)さんの存在があるんですよね。僕は群馬出身なんですけど、高校の頃に栃木県の足利に1号店が出来て、それまでDCブランドとかはロゴが入った洋服ばかりで,あまりファッションって面白いと思わなかったんだけど、音楽をミックスした洋服を見てこれはすごいと衝撃を受けた。そこからファッションに興味を持ち出してデザイン的に影響を受けたのはやはり「コム デ ギャルソン(COMME des GARCONS)」とか、ちょうど90年頃に出てきたマルタン・マルジェラ(Martin Margiela)ですね。
H:最近の東京のファッションはどうなの?
J:最近、東京は20代、30代の若い世代が自分達が原宿でやって来たような世界レベルでの発信の仕方をやっているような動きがありますね。まだパリでどうのっていうレベルではないですけれど。
H:それはTシャツとかそういうストリートファッションの流れの中で?
J:いや、それは僕達と一緒で、ストリートというか、モードというか、ミックスですね。くくりは微妙ですけど。それは、もしかしたら僕がやって来た、先ほどお話ししたパリで新しいジャンルを確立したいという動きに連なるのかも知れない。
H:例えばどんなブランド?
J:最近だとG.V.G.Vとかですかね。日本の若い子達に浸透しているし、パリで展示会とかやって、今後パリでどうやっていけばというのをつかめば、ショーをやって評価を得ていくんじゃないかなと思いますね。その周りにいる子達も面白いんで。20代の子達と話す機会が増えているんですが、先入観なく僕の服とかを見てくれる世代で、また一回り近くなってきてます。誰が面白いというのはないけれど、またつながってきている感じがしますね。気が付けば、僕の子供くらいの世代なのかも知れないけれど。
H:ジョニオは今、何歳だっけ
J:今年45歳です。若い世代のお母さんと一緒とか、そういう世代ですね。ハジメさんとか先輩がいて、もちろん川久保(玲)さんとかがいて、ちょうど僕は世代の中間じゃないですか。その間にノブさんとかヒロシ君とかもいて、川久保さんの流れを知っている分、それを伝える立場かなと思っていて。若い子達とコミュニケーションしていて、すごく日本のファッションデザインシーンには希望があるなと思いますね。ちょっとオッサンぽいですけど(笑)。
H:確かにオッサンぽいけど(笑)。そうやって僕達がやって来た80年代からの種が受け継がれて行くわけだよね。
J:何年か前にパリを始め海外で、日本のファッションがブームになって注目されたことがあったじゃないですか。そのときに比べて、(日本のファッションが)今はもう当たり前になって定着しています。世界から見て日本はすごくレベルが高いんで、それを具体的に伝えていく人が増えてきそうな感じはありますね。レベルはどうでもいいんですよ、初期衝動でもいいし、パワーだけでもいい。それが出来るのはアジアの中で東京だけだと思う。
H:確かにその可能性を持っているのは、今は日本だけかもしれないね。
J:日本には希望がありますよ。
(了)
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