わずか数センチという小さなチップに、どこまでも繊細で美しい柄を描くネイルアーティストのHana4(はなよ)さん。技を極めた伝統工芸の世界を尊敬する彼女が「いろんな伝統工芸の匠と出会って作品をつくりたい」と訪ねた一人が、江戸小紋の染色作家・小宮康正氏だ。祖父、父を重要無形文化財保持者(人間国宝)にもち、自らも染色職人として高い技術を誇る小宮氏と出会い、語り、感じたこととは?そして、その経験からつくりだされたネイルアートはいかに。ここに、Hana4×江戸小紋のコラボレーションが生まれた。
>>江戸小紋職人・小宮康正さんを訪ねて
ネイルアートの世界で群を抜く、緻密で美しい世界を描く彼女は、技を極めた匠の職人を心から尊敬している。「ネイルアートを通じて若い世代に伝統工芸を身近に感じてほしい」と、その世界から得たインスピレーションをネイルアートで表現することを始めたのだ。
■ネイルチップに込められた江戸小紋のストーリー
夜明けまでかかって仕上げたという江戸小紋のネイルアート。ひと目見るだけでその細かさに目を奪われるが、それだけではない。小宮氏の工房で見せてもらった「型つけ」の作業から、生地に色が入るまでのストーリーが、小さなチップの中に表現されているという。
「一番左が精巧な文様が入った“伊勢型紙”を表しています。この型紙の文様が、真っ白な絹に群青色の糊で写されていく様子を、最初の3つで表現しました。そして、4番目は染めが終わったところ。ここで白とネイビーの点が反転しているんです。5番目は、いろんな色、たとえばグレーとかネイビーとかグリーンとか現代的な色を入れたら、柄自体は変わらなくても見え方は変わるのかなと想像しながら描いてみました」。
型紙の上から防染糊を置く「型つけ」がされたもの。染めたときに、群青の糊がついた部分は染まらず白く残る。実際にHana4さんがiPhoneで撮影したインスピレーションを受けた始まりの画。
■“星”をめぐる小宮氏の言葉
いつもなら何も見ずにサラサラ描けるHana4さんの手が、今回は止まる時間が長かったという。工房のことを思い出しながら、撮らせてもらった写真を見ているうちに、「あれ?“星”が写ってるぞ」、と気づいたという。
星とは、型紙にあるほんの小さな点。継ぎ目をずらすことなく文様を写してゆくためにとても大事な点だ。この小さな星を見て、Hana4さんのデザインはスッと決まった。
小宮氏は、師匠でもある父親から「40歳までに自分の仕事を終えろ」と言われて、実際に35歳のときに終わった瞬間を悟ったという。ほんの少し星がずれてしまったこと、それに妥協してしまった気力の衰え…。他人から見ればなんら変わる事ない仕事ぶりでも、本人には終わったと分かる瞬間があるのだという話を、型付けの作業を見ながらしてくれたのだ。
「私も目と指を駆使する細かい仕事なので、いつか体力・気力に終わりがくるということをずっと恐れている部分もあるんです。だから、小宮先生が自分の終わりに気づき、それを受け入れたときの気持ちは絶対に簡単なものじゃなかったんだろうなって想像できた。でも、この話を聞いて、私がいま、こうやって怖がったり、悩んだりすることは意味がないわけじゃないんだとも思えたんです」。
星まで表現した3つのチップ。4つ目からは頭に伊勢型紙がインプットされたかのように、何も見ずに描けたというから驚きだ。
■ひとつひとつの点を丁寧に打ち続ける
Hana4さんが小宮氏の話の途中で思わず泣いてしまうシーンがあった。「やり続けて飽きることは?」と聞かれた小宮氏が、「本当にうまくいったという仕事はない、だからやり続けるしかない、1日1日を生きるしかない」と答えたときだ。
「ネイルも同じことを繰り返しているように見えるけれど、同じ時間はひとつもないんです。いい感じだなとか、今の点は失敗したな、とか。小宮先生も「自分の打つ点にも違いがあって、息子さんが打った点もまた違って、それは個性だ」ということを言われて。そこにすごく共感できて、必至になってネイルを描いている自分も間違いじゃないんだって、嬉しかったです。このチップを作っているときも、点のひとつひとつが違っていいんだな、個性って言ってもらえるんだな、と自信をもって丁寧に点を打ちました」。
■伝え続けるということ
「技術者として終わりがあっても教えることに終わりはない。それを続けていけば次の世代につながることになる」、そうHana4さんは言う。小宮氏は息子に伝え、Hana4さんもセミナーを通じて生徒に技や、伝統工芸を通じて感じた「道具を大切にする精神」までもを伝えている。そして、伝統工芸の心をネイルアートに乗せて伝えるという仕事にも魅力を感じている。
「このチップで私がシェアしたいのは、小宮先生のこれまでの決意だったり、つないでいる伝統だったりです。柄だけをうまくコピー&ペーストできる人はいると思うし、模倣はいいけれど、それで紹介されても困る(笑)。デザインのシェアはして欲しいけれど、今回はストーリーを伝えたいのです。
あと、心に残っているのは『伝統は最先端』という言葉(※)。これは伝統をつないでいる小宮先生だから言える言葉だし、ネイルはまだまだ伝統でも文化でもない。そういう部分で羨ましかったり、いろんな感情が生まれていた気がしています」。
小さい頃から絵が大好きで、色に魅せられたというHana4さん。「色になりたい!」と願った少女が、ネイルアートという世界をひとつの“文化”にまで押し上げようと奮闘している。
小宮氏の自宅に飾られていた、江戸小紋の人形たち
(左)小宮康正氏 (右)Hana4さん
(注釈)
※「そのままでは世の中に受け入れられない。変わる事によって伝統は受け入れられ、止まった時点で滅びるとすると「伝統は最先端」でないと生きられないのが現実」と取材時に小宮氏が語った。
■Profile
Hana4(はなよ)
ネイルアーティスト。ファッショッンプレス、エディターアシスタントなどを経てネイリストからフリーランスネイルアーティストとなる。キャンバスに描くように繊細な絵を描くネイルアートはインスタグラム等でも「すごすぎる」と話題に。現在はサロンをもたず、ファッション誌や講師として活躍中。ちなみに、大学時代はテキスタイルを学び、3Dでの色の表現に苦労したとか。「私はやはり平面が好きです!」
>>江戸小紋職人・小宮康正さんを訪ねて
ネイルアートの世界で群を抜く、緻密で美しい世界を描く彼女は、技を極めた匠の職人を心から尊敬している。「ネイルアートを通じて若い世代に伝統工芸を身近に感じてほしい」と、その世界から得たインスピレーションをネイルアートで表現することを始めたのだ。
■ネイルチップに込められた江戸小紋のストーリー
夜明けまでかかって仕上げたという江戸小紋のネイルアート。ひと目見るだけでその細かさに目を奪われるが、それだけではない。小宮氏の工房で見せてもらった「型つけ」の作業から、生地に色が入るまでのストーリーが、小さなチップの中に表現されているという。
「一番左が精巧な文様が入った“伊勢型紙”を表しています。この型紙の文様が、真っ白な絹に群青色の糊で写されていく様子を、最初の3つで表現しました。そして、4番目は染めが終わったところ。ここで白とネイビーの点が反転しているんです。5番目は、いろんな色、たとえばグレーとかネイビーとかグリーンとか現代的な色を入れたら、柄自体は変わらなくても見え方は変わるのかなと想像しながら描いてみました」。
型紙の上から防染糊を置く「型つけ」がされたもの。染めたときに、群青の糊がついた部分は染まらず白く残る。実際にHana4さんがiPhoneで撮影したインスピレーションを受けた始まりの画。
■“星”をめぐる小宮氏の言葉
いつもなら何も見ずにサラサラ描けるHana4さんの手が、今回は止まる時間が長かったという。工房のことを思い出しながら、撮らせてもらった写真を見ているうちに、「あれ?“星”が写ってるぞ」、と気づいたという。
星とは、型紙にあるほんの小さな点。継ぎ目をずらすことなく文様を写してゆくためにとても大事な点だ。この小さな星を見て、Hana4さんのデザインはスッと決まった。
小宮氏は、師匠でもある父親から「40歳までに自分の仕事を終えろ」と言われて、実際に35歳のときに終わった瞬間を悟ったという。ほんの少し星がずれてしまったこと、それに妥協してしまった気力の衰え…。他人から見ればなんら変わる事ない仕事ぶりでも、本人には終わったと分かる瞬間があるのだという話を、型付けの作業を見ながらしてくれたのだ。
「私も目と指を駆使する細かい仕事なので、いつか体力・気力に終わりがくるということをずっと恐れている部分もあるんです。だから、小宮先生が自分の終わりに気づき、それを受け入れたときの気持ちは絶対に簡単なものじゃなかったんだろうなって想像できた。でも、この話を聞いて、私がいま、こうやって怖がったり、悩んだりすることは意味がないわけじゃないんだとも思えたんです」。
星まで表現した3つのチップ。4つ目からは頭に伊勢型紙がインプットされたかのように、何も見ずに描けたというから驚きだ。
■ひとつひとつの点を丁寧に打ち続ける
Hana4さんが小宮氏の話の途中で思わず泣いてしまうシーンがあった。「やり続けて飽きることは?」と聞かれた小宮氏が、「本当にうまくいったという仕事はない、だからやり続けるしかない、1日1日を生きるしかない」と答えたときだ。
「ネイルも同じことを繰り返しているように見えるけれど、同じ時間はひとつもないんです。いい感じだなとか、今の点は失敗したな、とか。小宮先生も「自分の打つ点にも違いがあって、息子さんが打った点もまた違って、それは個性だ」ということを言われて。そこにすごく共感できて、必至になってネイルを描いている自分も間違いじゃないんだって、嬉しかったです。このチップを作っているときも、点のひとつひとつが違っていいんだな、個性って言ってもらえるんだな、と自信をもって丁寧に点を打ちました」。
■伝え続けるということ
「技術者として終わりがあっても教えることに終わりはない。それを続けていけば次の世代につながることになる」、そうHana4さんは言う。小宮氏は息子に伝え、Hana4さんもセミナーを通じて生徒に技や、伝統工芸を通じて感じた「道具を大切にする精神」までもを伝えている。そして、伝統工芸の心をネイルアートに乗せて伝えるという仕事にも魅力を感じている。
「このチップで私がシェアしたいのは、小宮先生のこれまでの決意だったり、つないでいる伝統だったりです。柄だけをうまくコピー&ペーストできる人はいると思うし、模倣はいいけれど、それで紹介されても困る(笑)。デザインのシェアはして欲しいけれど、今回はストーリーを伝えたいのです。
あと、心に残っているのは『伝統は最先端』という言葉(※)。これは伝統をつないでいる小宮先生だから言える言葉だし、ネイルはまだまだ伝統でも文化でもない。そういう部分で羨ましかったり、いろんな感情が生まれていた気がしています」。
小さい頃から絵が大好きで、色に魅せられたというHana4さん。「色になりたい!」と願った少女が、ネイルアートという世界をひとつの“文化”にまで押し上げようと奮闘している。
小宮氏の自宅に飾られていた、江戸小紋の人形たち
(左)小宮康正氏 (右)Hana4さん
(注釈)
※「そのままでは世の中に受け入れられない。変わる事によって伝統は受け入れられ、止まった時点で滅びるとすると「伝統は最先端」でないと生きられないのが現実」と取材時に小宮氏が語った。
■Profile
Hana4(はなよ)
ネイルアーティスト。ファッショッンプレス、エディターアシスタントなどを経てネイリストからフリーランスネイルアーティストとなる。キャンバスに描くように繊細な絵を描くネイルアートはインスタグラム等でも「すごすぎる」と話題に。現在はサロンをもたず、ファッション誌や講師として活躍中。ちなみに、大学時代はテキスタイルを学び、3Dでの色の表現に苦労したとか。「私はやはり平面が好きです!」