“メイカーズ”というと、デジタル機器を使った工作分野の話と思われがちだが、アメリカ・シリコンバレーで開催されるメイカーズの祭典「メイカーフェア」には、手芸やクラフトから蜂蜜やコーヒーなどの農産物まで、あらゆるジャンルのものづくりをする人々の熱気が渦巻いている。この「メイカーズムーブメント」の隆盛は、3Dプリンターの出現や最新機器を設置した工作スペースの開設、更にはeコマースの普及が背景にある。こうしたデジタル技術の発展によって、個人でものをつくり、販売することのハードルは格段に低くなったと言えるだろう。もちろん、もともと自分でつくって楽しむことができる洋服や服飾雑貨の分野でも例外ではない。ファッションは大量生産に頼らない、小規模、直販という産業革命以前の生産・流通体制を再び手にしようとしているようだ。この特集では、そうしたモードともファストファッションとも違う、ファッションにおける新興勢力となりうるメイカーズの動向をレポートし、今後どのような変化が起きるのかを探りたい。
■新しいインフラの整備
まず注目したいのは、誰でも服がつくれる作業スペースだ。昨年6月、東京・原宿にファッションに特化した初めてのコワーキングスペース「コロモザ(coromoza)」がオープンした。プロユースのデジタルミシンやアイロンのほか、レーザーカッターやデジタルテキスタイルプリンターなどの機材、写真撮影用スタジオまで、服づくりのためのさまざまな設備が整った工房となっている。会員は月額2万1,000円からだが、1日会員は15分250円からと気軽に利用できる料金設定だ。現在会員は5・60人で、学生や20代の若者が中心という。
立ち上げたのは、元々ファッションECサイトのディレクターをしていた西田拓志氏。なぜ、ネット出身の西田氏が “つくること”を重視したシェアアトリエをつくったのだろうか。
「元々ネットからファッション業界に入ったので、ファッションにおけるネットの功罪を感じていました。正直、オンラインショップだけでは商品の魅力を伝えきれません。ファッションを勉強した学生に聞いてみても、ウェブの写真だけでは30万円と7,000円の商品の見分けがつかない。オンラインショップの隆盛で、かつて自分が足しげく通った個性的な品ぞろえの地方のセレクトショップもどんどん廃れて行く。そんな状況に疑問を感じ、もっとリアリティーのあるファッションに携わりたいと思うようになりました」
デジタルな世界からリアルなものづくりの場へと転身した西田氏だが、一方で、ネット業界に比べ、ファッション業界の構造の古さも感じていた。若いクリエーターが新しいことを始める時に、今のファッションビジネスでは高い参入障壁がある。
「ネット業界は才能があれば10万円でも起業でき、若い才能やエネルギーが集まりやすい。片やファッションビジネスは産業のインフラが50年以上前にできたもの。未だに半年前に展示会をして受注するメーカーがリスクを負うシステムです。昔は卸し先の買い取りが前提で、その生産のための期間でしたが、今は預かり在庫なので、本当はビジネス形態も変わっているはず。
知り合いにパン屋みたいなファッションブランドがあります。アトリエを兼ねた店で、デザイナーがその日つくりたいものをつくり、できたものを売る。そういうミニマムな世界もファッションでは可能なのに、大半はシステムに乗っかり、画一的なものづくりしかできなくなっている」
■今のファッションに足りないのはつくること
そうしたファッションの業界構造を変えたいという考えを抱きながら、西田氏が最も興味を持ったのは、“つくること”だった。
「影響を受けたのは、『シアタープロダクツ(THEATRE PRODUCTS)』の『シアターユアーズ(THEATRE,yours)』というプロジェクトです。これは型紙や生地を販売し、服づくりのプロセスをワークショップで体験しながら、洋服のつくり方を知ってもらおうという試み。デザイナー武内昭さんの『食べものはファーストフードから高級レストランまで、色々な楽しみ方があって、自分で料理をしていれば、それぞれの価値がわかる。けれども、今のファッションはただ消費するだけで、自分の手を動かさないので、なぜこの値段なのか、洋服の価値が分からなくなってしまった。自分でつくることによって、また別の楽しみ方が生まれるのでは』という話に共感しました」
最新機器をそろえたものづくり工房は、先例の「ファブラボ」や「テックショップ」などのように、メイカーズブームを後押ししているエコシステムの一つだ。本来、こうした工房に集うアマチュアクリエーター達はハンドメイドマーケット「エッツィー」などに代表されるオンラインの販路と結びつくことで、顧客を獲得して来た。しかし現在、「coromoza 」はオンライン展開には消極的で、リアルに人と人がつながる場としての機能を強化したいと考えている。その第一弾として、昨秋には初の展示会「WORKS」を開催した。また、実際の服づくりのためのパターン講習会も定期的に行っている。
「このままだと日本のファッション産業は国内生産ができなくなるという危機感を感じています。地方の工場の深刻な人手不足など、惨状には目を覆うものがあります。ゆくゆくは若手デザイナーとそうした工場を結びつけ、ファッションの多様なあり方をつくりだしたい」
西田氏の志は高く、挑戦はまだ始まったばかりだ。「coromoza」を拠点に、新しいファッションの価値を提案するブランドが育っていくのを期待したい。
(合同展示会「WORKS」の模様は後編で特集する。)