舞踏家・演出振り付け家のピナ・バウシュ(Pina Bausch)は1940年7月27日生まれ。ドイツ・ゾーリンゲン出身。2009年6月30日逝去。
フォルクヴァング芸術大学でダンスについて勉強。その後、ニューヨークのジュリアード音楽院に留学し、ポール・サナサルドやドーニャ・フォイヤーなどと行動を共にする。卒業後はメトロポリタン・オペラ座に入団するが、国際的な振付家クルト・ヨースのオファーを受けて帰国。ドイツで彼が主催するフォルクヴァング・ダンス・スタジオに所属することになる。当初はダンサーとして活動していたが、やがて芸術監督に就任。すると、69年公開の『時の風の中で』でケルン国際振付コンクールの第1位に選ばれた。
73年にはヴッパタール・バレエ団(後のヴッパタール舞踊団)の芸術監督に就任。この頃からピナはドイツ表現主義舞踊の中に演劇の要素を取り入れた、新しい演出を模索していく。その斬新過ぎる作品は当初批評家達の槍玉にあげられることも多かったが、75年に公開された『春の祭典』が彼女の評価を一変させた。新解釈の振り付けは“肉体に訴えかける”と観客に絶賛される。翌年に公開された『七つの大罪/怖がらないで』も大成功を収め、ピナの名前は世界中に知れ渡っていった。
86年にはローマに長期滞在し、現地の劇場とともに『ヴィクトール』を共同制作。これをきっかけに、ピナは海外の都市をモチーフとする“世界都市シリーズ”に取り組むことになる。また、彼女は日本とも関係が深く、ヴッパタール舞踊団は日本で何度も来日公演を行っている。こうした日本での滞在経験を元に、“世界都市シリーズ”のひとつ『天地 TENCHI』が生まれた。99年には坂本龍一初のオペラ公演『LIFE』にも登場している。また、ファッションデザイナーの山本耀司との親交も深く、ヨウジヤマモトの服を愛用していたことでも知られている。山本のミューズであった。彼女の日本公演に行くと黒い服を着た観客が多く見られた。
これらの功績が評価され、99年には高松宮殿下記念世界文化賞を受賞。06年にはイギリスで最も権威があるとされるローレンス・オリヴィエ賞を受賞した。