ファッションジャーナリストの野田達哉が今のメンズファッション、そして次の10年の流れを探る。2020年春夏メンズコレクション総括レポートvol.2は、ピッティ・ウオモ編。
毎シーズン、ロンドンとミラノの間に開催されるピッティ・ウオモ(PITTI IMMGINE UOMO)は第96回目の開催となり、6月12日から16日までの4日間、フィレンツェのフォルテッツァ・ダ・バッソで開催された。インターナショナル・トレード・フェア自体が世界的に難しい状況を迎える中での開催。欧州全体を覆う消費不振、ドイツ、中国などが経済政策にブレーキをかけたことによる減速傾向は誰しもが予測することだ。実際に日本をはじめとしたドイツ、アメリカ、英国、スペイン、また地元イタリアからのバイヤーの来場者は数パーセント減少した。その逆風のなかで大手バイヤーとプレスを同展に向かわせたのはスペシャルイベントの内容が大きい。今回はジバンシィ(GIVENCHY)が初めて単独のランウェイ形式で発表するメンズのファッションショーがその大きな役割を担った。会場となったフィレンツェの丘の上、ヴィラ・パルミエーリの広大な庭園で日没を待って行われるショー、その後のカクテルパーティーはファッションピープルたちをフィレンツェに向かわせる大きな目的として十分だ。
そのジバンシィのメンズは、ピッティ・ウオモに出展するイタリアンクラシコのブランドと共通した次の10年に向けたアプローチを見せた。韓国の繊維メーカーによる超軽量ナイロンのボンディング加工によるアノラックや風をはらむゴシック調のカリグラフィーがプリントされたパーカー、オニツカタイガー(Onitsuka Tiger)とのコラボスニーカーなど、テクノロジーに裏付けされた技術とブランドのヘリテージを提案するにはピッティ・ウオモというステージ以外はないというのは、高級メンズウエアに携わる関係者の共通した思いだろう。
地元イタリアのデザイナーではエムエスジーエム(MSGM)がピッティ・ウオモでは2回目となる凱旋ショー、マルコ・デ・ヴィチェンツォ(Marco de Vincenzo)が初のメンズコレクションを発表した。MSGMは体育館にデジタルサイネージのプールを作り、最新のメンズのマーケットトレンドを絶妙にサンプリングしたバイヤー評価の高いコレクション。
元フェンディのアクセサリーのデザイナーだったマルコ・デ・ヴィチェンツォは既にミラノで高い評価を得ているウィメンズとのジョイントショー。美しいカッティングのテクニックにより独自の世界を見せた。超ハイウエストのリジッドデニムパンツ、ピンクのワイドパンツにトランスペアレントな同色シャツとシューズ、やわらかな素材使いなど、ストリートとは一線を画したイタリアのデザイナーらしいコレクションを提案した。
さらにピッティ宮殿ではオリビエ・サイヤール監修により、ピッティ・ウオモの過去30年にわたる歴史を振り返る展示「A SHORT NOVEL ON MEN’S FASHION」を行い、ヨウジヤマモト、アンダーカバー、ホワイトマウンテニアリング、ヴィズヴィム、サルバムなどこのフィレンツェでショーを行ったブランドのコレクションが9月26日まで展示されている。
EC展開するスターリング・ルビーの
また、ラフ・シモンズがコラボしたことによりモードシーンで知られるようになったLAを拠点とする現代美術作家のスターリング・ルビー(Sterling Ruby)も、今回ピッティ・ウオモのゲストデザイナーとしてフィレンツェ郊外のヴィラで新ブランド「S.R. STUDIO. LA. CA.」を発表。会場にはオフ-ホワイトのヴァージル・アブロー(Virgil Abloh)も姿を見せた。
アートとファッションブランドのコラボは今では決して珍しくないが、作家自身がファッションブランドを立ち上げるというのは、まだまだレアケースだ。ピッティ・ウオモでは今年1月に中国系アメリカ人の起業家兼現代アーティストとして知られるジョン・クーン(JOHN KOON)がクリエイティブディレクターを務め、NYのストリート・グラフィティアーティストのハリフ・グズマン(Harif Guzman)を起用したアパレルブランド「ハキュラ」のショーを行ったが、それに続いてのゲストアーティストとなった。
その「S.R. STUDIO. LA. CA.」のコレクションはさまざまな加工を施したデニムが中心。ブリーチ、オーバーダイ、熱転写プリント、ハンドペインティングにローゲージの手編みセーターなどアメリカのワークウエアをベースにしたアイテムをデフォルメし、オーバーサイズで再構築するというDIY的なストリート手法。ショー終了後、各国のECですぐに販売がスタートした。このシー・ナウ・バイ・ナウのスタイルは今後インディペンデントなブランドにとっての定石となるだろうが、ECバイヤーとリアル店舗のバイヤーたちの共存がトレードショーにどう影響を与えるのかは、このブランドがケーススタディになるのかもしれない。
中国で暴動騒ぎになったユニクロとコラボしたKAWSは、日本ではよく知られたクリエイターのため“今更”という思いも強いのがファッション関係者の共通する思いだろうが、グラフィティーに代表されるストリートのアートカルチャーは、ハイブランドにとってまだまだ宝の山の存在だ。今シーズン、ディオールが大々的にコラボに起用したダニエル・アーシャムなど、現代美術市場に籍を置くアーティストを起用してのマーケティングは、これまでのモデルやセレブに変わる2020年代のファッションビジネスのベースとなる可能性をはらんでいる。それは「下がらない価値」がキーポイントだろう。
トリはレニー・クラヴィッツ、
1年前のレポートで「フェス化するピッティ・ウオモ」という記事を書いたが、今回のピッティ・ウオモの公式イベントのトリとして最も大規模に行われたのが地元セレクトショップ、ルイザ・ヴィア・ローマ(LUISA VIA ROMA)の90周年イベントだ。
ミケランジェロ広場に特設で設けられた会場には、一般にもチケットが販売され約3,500人が集まった。カール・ラガーフェルドからスタートしたショーはジョルジオ アルマーニ、グッチ、ディオール、フェンディ、ヴァレンティノ、トム ブラウン、バーバリー、マーク ジェイコブス、トム フォード、ヴェトモンなど約50ブランド、90ルックスが登場し、近年にないゴージャスさ。ジジ・ハディッド(Gigi Hadid)、ベラ・ハディッド(Bella Hadid)、エヴァ・ハーツィゴヴァ(Eva Herzigova)、マリアカルラ・ボスコーノ(Mariacarla Boscono)、イリーナ・シェイク(Irina Shayk)といったトップモデルたちがそろうフィナーレは圧巻。スタイリングはカリーヌ・ロワトフェルド(Carine Roitfeld)が手掛けた。
景気低迷というニュースが空虚に感じるのは、イタリアブランドのパーティーでは毎度のことながら、セレクトショップの冠イベントがこの規模で行われるのがフィレンツェの魅力だ。
ショー終了後にはレニー・クラヴィッツ(Lenny Kravitz)が約40分間の渾身のライブを行い、ランウェイステージをカメラマン席に向かって歌いながら歩いてくる姿はまさにピッティ・ウオモの出張フェス。1年前パリのグランパレでルイ・ヴィトンのランウェイをカニエ・ウエスト(Kanye West)とハグして涙しながら歩いたヴァージル・アブローが重なったが、トレードショーのフェス化も多様性のひとつの象徴かもしれない。
また、今回のゲストネーションとして本会場で11ブランドがエキジビションを発表した中国は、 各ブースで中国の若いクリエイターたちが積極的にバイヤーやプレスにアプローチする姿に活気がうかがえた、ストリートやオタクカルチャーに影響を受けた作風とともに、時間をかけたハンドメイドのテクニックは共通している。
ショーは中国出身のJun Zhouと、Yushan Liがデザインするプロナウンス(PRONOUNCE)が単独で開催。現在ミラノと上海をベースに活動し、それぞれロンドンカレッジ・オブ・ファッションとマランゴーニ、セントマーチンを卒業し2016年よりブランドデビューした。コレクションはモンゴルのハンドニット。ウォッシュ加工したデニム、メッシュ、フォトプリント、フェイクレザーなどを大胆にカットワークし、マオスーツ、手描きモチーフや中国のレリーフを思わせる素材などで騒々しくみえるクリエーションが、若々しいエネルギーを感じさせる。コンバースとコラボしたジャックパーセルもショーでは発表された。
EUの反対を押して中国の一帯一路の政策への正式な支持を表明したイタリア。今年6月にはフェンディ、プラダなどが上海でファッションショーを行い、中国の若いクリエイターたちを支援することで低迷する経済に活力を与えようとする意図は明快だ。その取り組みはイタリアのファッション業界にとって今のところ、新しい光として歓迎されているようだ。
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Text by Tatsuya Noda
ヘリテージとテクノロジーの融合を披露したジバンシィ
毎シーズン、ロンドンとミラノの間に開催されるピッティ・ウオモ(PITTI IMMGINE UOMO)は第96回目の開催となり、6月12日から16日までの4日間、フィレンツェのフォルテッツァ・ダ・バッソで開催された。インターナショナル・トレード・フェア自体が世界的に難しい状況を迎える中での開催。欧州全体を覆う消費不振、ドイツ、中国などが経済政策にブレーキをかけたことによる減速傾向は誰しもが予測することだ。実際に日本をはじめとしたドイツ、アメリカ、英国、スペイン、また地元イタリアからのバイヤーの来場者は数パーセント減少した。その逆風のなかで大手バイヤーとプレスを同展に向かわせたのはスペシャルイベントの内容が大きい。今回はジバンシィ(GIVENCHY)が初めて単独のランウェイ形式で発表するメンズのファッションショーがその大きな役割を担った。会場となったフィレンツェの丘の上、ヴィラ・パルミエーリの広大な庭園で日没を待って行われるショー、その後のカクテルパーティーはファッションピープルたちをフィレンツェに向かわせる大きな目的として十分だ。
そのジバンシィのメンズは、ピッティ・ウオモに出展するイタリアンクラシコのブランドと共通した次の10年に向けたアプローチを見せた。韓国の繊維メーカーによる超軽量ナイロンのボンディング加工によるアノラックや風をはらむゴシック調のカリグラフィーがプリントされたパーカー、オニツカタイガー(Onitsuka Tiger)とのコラボスニーカーなど、テクノロジーに裏付けされた技術とブランドのヘリテージを提案するにはピッティ・ウオモというステージ以外はないというのは、高級メンズウエアに携わる関係者の共通した思いだろう。
次のミラノを担うMSGMとマルコ・デ・ヴィツェンツォ
地元イタリアのデザイナーではエムエスジーエム(MSGM)がピッティ・ウオモでは2回目となる凱旋ショー、マルコ・デ・ヴィチェンツォ(Marco de Vincenzo)が初のメンズコレクションを発表した。MSGMは体育館にデジタルサイネージのプールを作り、最新のメンズのマーケットトレンドを絶妙にサンプリングしたバイヤー評価の高いコレクション。
元フェンディのアクセサリーのデザイナーだったマルコ・デ・ヴィチェンツォは既にミラノで高い評価を得ているウィメンズとのジョイントショー。美しいカッティングのテクニックにより独自の世界を見せた。超ハイウエストのリジッドデニムパンツ、ピンクのワイドパンツにトランスペアレントな同色シャツとシューズ、やわらかな素材使いなど、ストリートとは一線を画したイタリアのデザイナーらしいコレクションを提案した。
さらにピッティ宮殿ではオリビエ・サイヤール監修により、ピッティ・ウオモの過去30年にわたる歴史を振り返る展示「A SHORT NOVEL ON MEN’S FASHION」を行い、ヨウジヤマモト、アンダーカバー、ホワイトマウンテニアリング、ヴィズヴィム、サルバムなどこのフィレンツェでショーを行ったブランドのコレクションが9月26日まで展示されている。
EC展開するスターリング・ルビーの
新ブランドに見る現代アートの“価値”
また、ラフ・シモンズがコラボしたことによりモードシーンで知られるようになったLAを拠点とする現代美術作家のスターリング・ルビー(Sterling Ruby)も、今回ピッティ・ウオモのゲストデザイナーとしてフィレンツェ郊外のヴィラで新ブランド「S.R. STUDIO. LA. CA.」を発表。会場にはオフ-ホワイトのヴァージル・アブロー(Virgil Abloh)も姿を見せた。
アートとファッションブランドのコラボは今では決して珍しくないが、作家自身がファッションブランドを立ち上げるというのは、まだまだレアケースだ。ピッティ・ウオモでは今年1月に中国系アメリカ人の起業家兼現代アーティストとして知られるジョン・クーン(JOHN KOON)がクリエイティブディレクターを務め、NYのストリート・グラフィティアーティストのハリフ・グズマン(Harif Guzman)を起用したアパレルブランド「ハキュラ」のショーを行ったが、それに続いてのゲストアーティストとなった。
その「S.R. STUDIO. LA. CA.」のコレクションはさまざまな加工を施したデニムが中心。ブリーチ、オーバーダイ、熱転写プリント、ハンドペインティングにローゲージの手編みセーターなどアメリカのワークウエアをベースにしたアイテムをデフォルメし、オーバーサイズで再構築するというDIY的なストリート手法。ショー終了後、各国のECですぐに販売がスタートした。このシー・ナウ・バイ・ナウのスタイルは今後インディペンデントなブランドにとっての定石となるだろうが、ECバイヤーとリアル店舗のバイヤーたちの共存がトレードショーにどう影響を与えるのかは、このブランドがケーススタディになるのかもしれない。
中国で暴動騒ぎになったユニクロとコラボしたKAWSは、日本ではよく知られたクリエイターのため“今更”という思いも強いのがファッション関係者の共通する思いだろうが、グラフィティーに代表されるストリートのアートカルチャーは、ハイブランドにとってまだまだ宝の山の存在だ。今シーズン、ディオールが大々的にコラボに起用したダニエル・アーシャムなど、現代美術市場に籍を置くアーティストを起用してのマーケティングは、これまでのモデルやセレブに変わる2020年代のファッションビジネスのベースとなる可能性をはらんでいる。それは「下がらない価値」がキーポイントだろう。
トリはレニー・クラヴィッツ、
地元ブティック90周年のファッションスペクタクル
1年前のレポートで「フェス化するピッティ・ウオモ」という記事を書いたが、今回のピッティ・ウオモの公式イベントのトリとして最も大規模に行われたのが地元セレクトショップ、ルイザ・ヴィア・ローマ(LUISA VIA ROMA)の90周年イベントだ。
ミケランジェロ広場に特設で設けられた会場には、一般にもチケットが販売され約3,500人が集まった。カール・ラガーフェルドからスタートしたショーはジョルジオ アルマーニ、グッチ、ディオール、フェンディ、ヴァレンティノ、トム ブラウン、バーバリー、マーク ジェイコブス、トム フォード、ヴェトモンなど約50ブランド、90ルックスが登場し、近年にないゴージャスさ。ジジ・ハディッド(Gigi Hadid)、ベラ・ハディッド(Bella Hadid)、エヴァ・ハーツィゴヴァ(Eva Herzigova)、マリアカルラ・ボスコーノ(Mariacarla Boscono)、イリーナ・シェイク(Irina Shayk)といったトップモデルたちがそろうフィナーレは圧巻。スタイリングはカリーヌ・ロワトフェルド(Carine Roitfeld)が手掛けた。
景気低迷というニュースが空虚に感じるのは、イタリアブランドのパーティーでは毎度のことながら、セレクトショップの冠イベントがこの規模で行われるのがフィレンツェの魅力だ。
ショー終了後にはレニー・クラヴィッツ(Lenny Kravitz)が約40分間の渾身のライブを行い、ランウェイステージをカメラマン席に向かって歌いながら歩いてくる姿はまさにピッティ・ウオモの出張フェス。1年前パリのグランパレでルイ・ヴィトンのランウェイをカニエ・ウエスト(Kanye West)とハグして涙しながら歩いたヴァージル・アブローが重なったが、トレードショーのフェス化も多様性のひとつの象徴かもしれない。
イタリアンのファッション界に光を与える中国の存在
また、今回のゲストネーションとして本会場で11ブランドがエキジビションを発表した中国は、 各ブースで中国の若いクリエイターたちが積極的にバイヤーやプレスにアプローチする姿に活気がうかがえた、ストリートやオタクカルチャーに影響を受けた作風とともに、時間をかけたハンドメイドのテクニックは共通している。
ショーは中国出身のJun Zhouと、Yushan Liがデザインするプロナウンス(PRONOUNCE)が単独で開催。現在ミラノと上海をベースに活動し、それぞれロンドンカレッジ・オブ・ファッションとマランゴーニ、セントマーチンを卒業し2016年よりブランドデビューした。コレクションはモンゴルのハンドニット。ウォッシュ加工したデニム、メッシュ、フォトプリント、フェイクレザーなどを大胆にカットワークし、マオスーツ、手描きモチーフや中国のレリーフを思わせる素材などで騒々しくみえるクリエーションが、若々しいエネルギーを感じさせる。コンバースとコラボしたジャックパーセルもショーでは発表された。
EUの反対を押して中国の一帯一路の政策への正式な支持を表明したイタリア。今年6月にはフェンディ、プラダなどが上海でファッションショーを行い、中国の若いクリエイターたちを支援することで低迷する経済に活力を与えようとする意図は明快だ。その取り組みはイタリアのファッション業界にとって今のところ、新しい光として歓迎されているようだ。
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Text by Tatsuya Noda