染織の取材で訪ねた沖縄・宮古島で藍染の染料を作る工程で泡盛を入れるという話を聞いてから、お酒と発酵の関係について知りたくなったFASHION HEADLINE編集部。今回、発酵デザイナーの小倉ヒラクさんと巡った山梨取材では、ヒラクさんが「美味しい!」と太鼓判を押すクラフトビールの作り手、アウトサイダーブリューイングのブルワー(醸造家)丹羽智さんを訪ねました。
さてさて、魅惑の飲み物「ビール」に隠された美味しいひみつとは…。発酵初心者のFASHION HEADLINE編集部から小倉ヒラクさんへのQ&Aスタイルでお届けします。
■まずは、お酒の定義から!
Q1:お酒と発酵はどんな関わりがあるんですか?
FASHION HEADLINE編集部(以下、FH):日本酒の原料であるお米や、ワインの原料である葡萄、そしてビールの原料である麦からどうしてアルコールは発生するのか?疑問がいっぱいです!
小倉ヒラクさん(以下、ヒラクさん):では、まずお酒の定義から整理してみましょう!
お酒の定義は『アルコールを含んだ、飲むと酔っ払う飲み物』です。
このお酒に含まれるアルコールは、理科の実験で使う工業用のものとは違う、美味しくて良い香りのするもので、酵母という発酵菌が作りだすものです。この酵母が米や果物や穀物に含まれる糖分を分解して、アルコールを作りだします。世界中数えきれないぐらい色んなお酒がありますが、全て酵母菌が作りだしたアルコールが主になった発酵食品なんですよ。
FH:今、酵母菌の偉大さにあらためて触れて、おののいています。人類をハッピーな気持ちにさせてくれるお酒は、全て酵母菌が作り出しているんですね!感動しました。
Q2:数多あるお酒の中で、ビールはどんな位置付けのお酒なのでしょうか?
ヒラクさん:ビールの基本的な定義は「麦芽とホップを主原料とした酒」です。なのでビールを醸造する時は、発芽させた麦に熱を加えた時に作られる糖分を、酵母によって分解してアルコールに変えます。喉越しの良い炭酸も酵母が作りだすもので、パンをぷくーっと膨らませるガスと同じものです。
それに、薬草のホップは、発酵途中に雑菌が入るのを防ぎ、ビール特有の苦味とコクを付加してくれます。
FH:Q3:ビールには薬草のホップも入っているんですか?そもそもビールの原料ってなんでしたっけ?
ヒラクさん:この「麦芽・ホップ・酵母」の三位一体がビールの基本の「き」。
1516年、バイエルン公国のヴィルヘルム4世が発布した「ビール純粋令」に基づきます。(ちなみに昔はビールに混ぜものをするブルワリーが多かったらしく、バレるとムチ打ちや死刑など厳しすぎる罰が加えられていたそうな)
FH:口にいれると複雑な味わいが広がるクラフトビールを頂いたばかりなので、原料が以外とシンプルで驚きました。
ヒラクさん:日本の大手メーカーのビールの成分表示を見てみてください(発泡酒とかじゃダメよ)。清涼飲料水と比べて、ものすごく原料が少ないことに気づくはずです。
日本酒の基本「米だけ」、ワインの基本「ブドウだけ」のように、ビールもまた純粋さを追求するお酒なんですね。
FH:ピュアな原料から無限の味わいを生み出していくなんてしびれます!
■ビールのバリエーション:応用編
ヒラクさん:さてではちょっと応用編。ビールのバリエーションについてお話しましょう。
日本のスーパーに売っているビールはどれを飲んでも同じような味ですが、実はビールには日本酒やワインにも負けない味の多様性があります。近年の「クラフトビールブーム」は、ビールが本来持っていた「味の多様性を楽しみたいZE!」という熱意が反映されたものなんですね。
FH:多様性を楽しみたい!という気持ちが「クラフトビール」に繋がっていく。熱いですね。
Q4:ビールといっても、多様性がありそうな気配がしていますが、ビールの種類を体系化して整理するとどうなりますか?
ヒラクさん:ビールには様々な分類法がありますが、発酵の原理的には以下の2つに大別されます。
■ビールを体系化してみると…
・ラガービール(下面発酵):低温でじっくり発酵させる、キレのある喉越しの良いビール
・エールビール(上面発酵):常温ではやめに発酵させる、香りとコクのある味わいのビール
日本及びアジアで飲まれているビールの9割以上がこのラガービール。A社もK社もS社も主力商品はぜんぶラガーです。
しかし、実はエールビールの方がラガーよりも歴史が古い。イギリスやベルギーなど、昔からビール醸造が盛んだった国ではエールビールもよく飲まれています(皆さんが知っている一番有名なエールビールはギネス)。
■ ラガービールとエールビールの違いとは…
ラガーとエールの違いは何かというと、酵母の菌の種類の違いです。ラガー用の酵母は10度以下の低温を好み、発酵が進むと下に沈殿していきます。対してエール用の酵母は20度以上の常温を好み、発酵が進むと上に浮遊してきます。ラガー=下面発酵、エール=上面発酵といわれるのは、酵母が沈むか浮くかの違いなんですね。
FH:たしかに「ラガービール」とか、「エールビール」というワードは聞いたことがあったのですが、その違いは発酵温度の違いとそれに伴う味わいの違いだったんですね。
ヒラクさん:ちなみに発酵期間はエールビールよりラガービールの方が長く、低温のぶんだけじっくり発酵・熟成させます。目安としてはラガーが1~2ヶ月、エールは1~3週間程度になります。
Q5:日本酒やワインと比べると、ビールの醸造期間は短いんですよね?
ヒラクさん:日本酒やワインとくらべて醸造の期間が短い理由はなぜかというと、アルコール発酵が終わったあとに味を落ち着かせるための熟成期間が短いことがあります。あんまり長く熟成させすぎると風味がダメになってしまうんですね。
FH:なるほど、ビールに関してはあまり熟成期間を持たない方が美味しくなる。ワインや日本酒と同じお酒といっても、それぞれに特色がありますね。それにしても、今回はビールの懐の深さ、多様性に驚かされました!丹羽さんは葡萄を使ったビールや出汁を使ったビールなど、本当にチャレンジングなクラフトビールを作られていますし。
■クラフトビールブームの原動力とは?
ヒラクさん:近年のクラフトビールブームの原動力は、エールビールの再評価にあります。ラガービールといえば「とりあえずビール!」的な喉越しの良さと爽やかさがウリのお酒ですが、エールビールにはワインが持つような酸味や味のコク、日本酒で楽しむような香りのバリエーションがあります。真夏の炎天下でゴクゴク飲んで「プハーッ、うめー!」というお酒ではありませんが、時間をかけてじっくりと味わえるビールなんですね。
エールビールの本場、イギリスやベルギーのパブに行くと何十種類もビールが置いてあるのにビックリします。
これはなぜかというと、ラガービールと違ってエールビールは「発酵方法によって味わいが激しく変わる」という特性があるから。ラガービールは設備さえあれば誰でも高品質なものが作れるので世界中に普及しましたが、エールビールは醸造する人の腕前や土地の特性によって味に個性が出る、どこまでもローカルなお酒なのです。
FH:まさにアウトサイダーブルーイングで頂いたビールは、素材と作り手の掛け算によって実に味わい深いエールビールでした。
ヒラクさん:メガブランドの作る生活雑貨やファッションの反動として、ハンドメイドのクラフト文化が好まれるようになったのと同じように、ビールにも「個性」や「作り手や土地の個性」が求められるようになったのですね。
FH:そう考えると、クラフトビールのムーブメントは来るべき時が来たという感じですね。今回は山梨取材の中で、丹羽さんのクラフトビールを頂きましたが…。
Q6:ヒラクさん的丹羽さんのクラフトビールの特徴を教えてください!
ヒラクさん:発酵デザイナーの表現でいえば「セクシーなビール」に尽きるでしょう。
お酒は嗜好品なので、単に喉の渇きを潤すだけではなく「官能的であるかどうか」が重要です。丹羽さんの作るビールには、一般的にビールに期待する爽やかさをしっかりキープしたうえで、酸味やコク、うっとりするような香りなど、セクシーな要素が詰め込まれています。
FH:ビールがセクシーというのは意外な気もしましたが、実際丹羽さんのビールを飲んでみるとその意味が分かる気がします。
ヒラクさん:イギリスの田舎にいってハードコアなエールビールを飲んでみても、日本人には理解できない味だったりするのですが、丹羽さんのビールは日本人のビール感を満たしたうえで、さらにクラフトビールの持つ奥深さをしっかり表現するという分かりやすさとマニアックさが共存しています。これが素晴らしい。
ちょっと話がそれますが、日本におけるクラフトビールの歴史がはじまったのはバブル期の頃。法律が変わって小さなメーカーでもビールを製造できるようになり、日本各地に「地ビールメーカー」がたくさん生まれました。が、大半はいわゆる「観光土産」として作られ、高くて美味しくないという残念な代物で、バブルがはじけると共に淘汰されていきました。で、アウトサイダーブルーイングは実はその淘汰に負けなかったクラフトビール黎明期からのオリジネーターの一つ。時代の波をかいくぐってきた説得力のあるビールなのです。
FH:なるほど。丹羽さんのビールに対する熱意やいろいろなチャレンジが実を結んだのが、クラフトビールのグラスに詰まっているんですね。とても気になったのが「野生の菌を培養してビールの酵母にする」というお話です。
Q7:野生酵母を集めてビールにするって、いったいどこがどうすごいのでしょうか?
ヒラクさん:エール・ラガー問わずビールを醸造するときには市販の酵母を添加するのが常識ですが、丹羽さんは地元山梨に棲む野生の酵母を作ったビールを手がけています。これはヒッジョーに難しいチャレンジといえます。味のコントロールがきかず、香りや炭酸がしっかり出るか分からない。それでも丹羽さんがチャレンジできる理由は、たぶん以下の2つ。
【チャレンジングなクラフトビールが作れる理由】
・野生の酵母を飼いならす腕の自信がある
・自分のビールのファンの舌を信頼している
僕が思うに、2つめがとっても大事。野生酵母で作ったビールは、大手のビールには考えられない香りと酸味があるのですが、それを「美味い!」と思えるリッチな味覚センスをもったお客さんがついているからこそこういうチャレンジができるのですね。
ファッションもそうですが、お酒もまた「作り手と受け取り手の相乗効果」によってユニークな文化が形成されていくわけです。