モデルのフライヤ・ベハ・エリクセン(Freja Beha Erichsen)は1987年10月18日生まれ。デンマーク・ロスキレ出身。
法律家の両親が生まれて間もなく離婚。その後は父と母の自宅を行き来する幼少時代を過ごす。15歳のときに街でエージェントにスカウトされ、モデルとしての活動をスタート。すると、05AWシーズンに「プラダ(PRADA)」や「ルイ・ヴィトン(LOUIS VUITTON)」のショーに登場し、「ミュウミュウ(miu miu)」のファーストルックを飾るという、衝撃のランウエイデビューを果たす。また、デビュー年にもかかわらずフランス版『ヴォーグ(VOGUE)』の表紙を飾り、間もなく「ジル・サンダー(JIL SANDER)」や「バレンシアガ(BALENCIAGA)」の広告に起用されるなど、その活躍は業界で大きな話題となった。
翌年にはショーの年間出演数が140回に達し、スーパーモデルとしての存在感を増していく。その中で、『ヌメロ』や『ヴォーグ』の表紙を飾った他、「カルバン・クライン(Calvin Klein)」や「H&M」のキャンペーンに登場。07年には長い髪を大胆にカットすると、全身に刻んだタトゥーとともに、彼女のクールな個性をさらに引き出すことになった。また、この年には「ジル スチュアート(JILL STUART)」がハンドバッグ「Freja」を発表。以降も「クロエ(Chloe)」や「アレキサンダー ワン(ALEXANDER WANG)」などが、次々と彼女の名を冠したアイテムをリリースすることになる。
その後も、フライヤは08年と09年にデンマーク最優秀モデル賞を受賞し、10年には「Models.com」のモデルランキングで2位を獲得。11年には「ルイ・ヴィトン」「ヴァレンティノ(VALENTINO)」「シャネル(CHANEL)」の3大メゾンでキャンペーンを制覇した。しかし、この年の12SSシーズンを最後にランウエイへの出演を休止し、以降はキャンペーンモデルを中心に活動。その傍らで13年にはデニムブランド「マザー(Mother)」の限定コレクションをデザインした他、14年には自らがミューズを務める「ザディグ エヴォルテール(ZADIG&VOLTAIRE)」でカプセルコレクションを発表している。
14年にはパリコレに復帰し、「ルイ・ヴィトン」のファーストルックに登場。14-15AWウィメンズプレタポルテシーズンのシーズンベストに選出された。
私生活ではボランティア活動に積極的で、05年からマリ在住の少女を支援するスポンサーシップに参加。11年には国境なき医師団への寄付を、アリゾナ・ミューズ(Arizona Muse)とともに訴えている。また、これが縁になったのか、一時アリゾナとの交際が噂されていた時期もあった。