「パティスリー界のピカソ」と称されるパティシエのピエール・エルメ(Pierre Herme)氏。15年前に「ピエール・エルメ・パリ(PIERRE HERME PARIS)」の第1号店を日本にオープンしたこともあり、日本との縁も深い。そんなエルメ氏に、オリジナリティーの秘密、卓越したクリエーティビティーの源などを含め、メゾンのこれまで、これからを聞いた。
――メゾンを開いてから今年で15周年ですが、今の心境は?
これは始まりなのです。15年という歳月は、ブランドという視点から見ると長いとも言えますが、私にとってはあっという間というか、まだまだ大したことないと思います。
――第1号店を開いたのが東京だったというのは、私達日本人にとっては光栄でもあり、興味深いところでもあります。東京を選ばれた理由は?
いくつかの偶然が重なりました。1987年にニューオータニで開催されたイベントでお会いした大谷社長ご本人から「うちのホテルにショップを開かないか」とお話をいただいたのです。もう一つ、大谷社長が、日本人男性では珍しくスイーツ好きなのも嬉しい偶然でした(笑)。
――日本はパリなど欧米とは文化も違いますし、そういう意味では勇気ある決断だったのでは?
そういう不安はなかったのです。日本にはフランス人のパティシエがたくさんいますし、フランスで修行した日本人パティシエが帰国後にショップをオープンしたりもしています。良い店、パティスリーの数はパリよりも多いのではないのでしょうか?日本は、フランスを除けばフランスのスイーツに対して一番理解のある国だと思っています。
――エルメ氏ご自身のビジネスとしては、スイーツ以外にも、ルノーやリッツ・カールトンとのコラボレーションなどいろいろな広がりを見せていますね。
アーティストと協業するのはとても楽しいのです。プロダクトデザイナーのマタリ・クラセ(Matali Crasset)とコラボして「アレッシィ(ALESSI)」のケーキ用ナイフや調理器具を作ったり、銀食器ブランドの「クリストフル(Christofle)」とのコラボでケーキフォークを発売したりしました。パッケージやケーキのデザインでも、他のデザイナーとコラボしています。アーティストは私が知らない世界にいる人達なので、こうした交流をすることで豊かな世界が生まれるのです。
――最も印象に残っているコラボレーションは?
比較するのは難しいですね。人との出会いは偶然であって、それぞれのアーティストにそれぞれの個性があって、それぞれの価値観があって、そこから豊かなものが生まれるのです。今、彫刻家のベルナール・ヴネ(Bernar Venet)とは、会ってみたいと思っていてコンタクトを取っているところです。2、3年前にベルサイユ宮殿で展覧会では大きな鉄の彫刻を披露したアーティストです。
――来日の際のパーティーでは東信さんとのコラボされましたね。
今年の初めに、東さんの作品に出合い、とても感動しました。彼がしているのは単なるフラワーアレンジメントではなく、花を通じたアート表現です。彼のようなアーティストに今まで会ったことがなかったので、最初にお会いした時、当初予定されていた2時間が過ぎても彼と離れ難く、ずっと話し込んでしまいました。